花の女子高生と白衣の天使の張り詰めた話
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:平良みか(ライティング・ゼミ平日コース)
人生で一度だけ、入院したことがある。
高校2年の、ちょうどゴールデンウィークが開けた今頃の時期だ。
私の身体に異変が訪れた。なんとお尻に、痛みを伴う発疹が現れたのである。万能薬であるはずのオロナインを塗ってもちっとも効かず、仕方なく病院を受診した。まさか、痔じゃないよね。花の女子高生が痔だなんてことになったら、死ぬより恥ずかしい。
担当の医師は症状を見るや否や、やたらと軽い口調で「あー、これは入院だね、一週間」と言った。さすがに痔で入院はないだろう。痔ではなかった。良かった。いや、よくない。入院!?
帯状疱疹(たいじょうほうしん)という、水ぼうそうのウイルスが原因の病気だった。今は飲み薬と塗り薬を処方されて通院で済むそうだが、当時は1日3回点滴が必要だったのだ。
帯状疱疹は、神経に沿って発疹が出る。それがひどく痛む。発疹が出る場所はそれぞれで、顔に出ると視力低下の危険もあるそうだ。
私の場合、幸運なことに顔ではなかった。しかし、不幸なことに、お尻であった。花の女子高生がお尻のでき物に悩む。視力が守られるのはありがたいが、精神的ダメージは大きかった。
疲れが出たのかなぁ。
若い人はあんまり罹らないんだけどねぇ、ふふっ。
診察をしてくれた医師がそのまま主治医になった。なんだか軽いが、本当に入院なのか。もっと検査とかしなくて良いのか。不安を覚えつつ、入院病棟へ移る。
主治医の適当さなどに不安を覚えつつ、そこは見ない振りをして私は入院を受け入れた。長女なので、空気を読む力には長けていた。
私の入院生活は、ある一点を除いて平穏そのものだった。何しろ、日に3回の点滴以外、やることがない。外科手術を控えたわけでもなく、リハビリが必要なわけでもなく、日に3回、1回30分の点滴を受ける。それだけである。
ところで先ほど空気を読んで流してしまったが、一点どうしても気になることがあった。
入院が決まったときに、病棟につれてきてくれた若い看護師さんのことだ。
私は「入院するのが人生で初めてで」というようなことを言った。
それに対して彼女は、こう言った。
「えーそうなんですか! 実は私も初めての担当患者さんなんですぅ!」
……。
…………。
いくら純粋な高校生の私でも、主治医が毎回点滴をするわけではないことは理解していた。ということは、この人が私の点滴をするのだろうか。
果たしてそうであった。
午後2時。彼女は、先ほどとはうって変わった悲壮な表情で、点滴セットを持って私のベッドへやってきた。怖い。白衣の天使、どこ行った。嘘でもいいから「私、点滴得意なんですよ♡」と言ってほしい。お願い。
彼女の後ろには年かさのベテランオーラを出しまくった看護師さんが菩薩のような笑顔で控えている。いや、この状況の場合、あなたの笑顔もかえって信用できませんけども……?
結論から言うと、彼女は敗北した。決して彼女のせいではない。私の血管が細すぎたのだ。決死の覚悟で針を刺し、しかしついに私の血管にたどり着けなかった彼女は、菩薩先輩に「お願いします……」と敗北宣言をした。私の初めての点滴は、菩薩先輩の手によって行われた。瞬殺であった。
彼女も泣きそうだったが私も泣きそうだった。
看護師さんはシフト制なので、夜の点滴は別の人だった。しかし彼女は、2日に1回はシフトに入っているようで、その度に私と彼女の張り詰めた時間は続いた。2回目からは、彼女も点滴を成功させることが出来た。彼女も嬉しそうだったが私も嬉しかった。菩薩先輩は変わらずほほ笑んでいた。
彼女は、成功に味をしめたのか、毎回同じ場所に針を刺していった。若干そのあたりの皮膚が青みがかっているのが気になったが、彼女の笑顔には替えられない。
彼女以外の看護師さんが担当の時には、反対の腕にしたり、細い針で手首の近くに刺したりと工夫と配慮が感じられた。チームワークとはこういうものだという、プロの仕事を目の当たりにした。
退院が近づく頃、彼女は菩薩先輩を連れずに一人で現れて、点滴をしてくれた。
「なかなかうまくできなくて、ごめんね」
彼女はぽつりと言った。
「いえ、お姉さんが担当で、良かったです」
私は返した。
そう。振り返ってみると、私は彼女との時間が嫌いではなかった。なぜなら、彼女はいつも一生懸命で、嘘が無かったからだ。
「初めての担当患者」と発言したことがばれたら(たぶんばれていたと思うが)、先輩からしこたま怒られたことだろう。
高校生の私でさえ「え、そんなこと言っちゃっていいの?」と思うようなことをさらっと口にしてしまう彼女。点滴が苦手なことを繕いもせず、先輩を同行して替わってもらう彼女。
彼女に嘘がつけるはずがない。だから、私はあっという間に元気になって退院できると、すとんと納得した。楽観的に入院期間を過ごせたのは、彼女のおかげだった。
若さや未熟さに救われることもある。当時私より年上だった彼女にそんなことを教わった。
このコロナ禍の中、彼女は菩薩先輩のように悟りを開いているのだろうか。
きっとそんなことはなく、底抜けの明るさと正直さで、患者さんを元気にしているに違いない。
***
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