「お前彼女いるだろ」と、父親に言われた日のこと《スタッフ平野の備忘録》
記事:平野謙治(チーム天狼院)
「お前、彼女いるだろ」
ドキッとさせられた。
それはあまりに、突然のことだったから。
狼狽えながら、聞き返す。
「……突然、なに?」
父親は、確信した面持ちだった。
「この間、家の車使ったろ。
助手席に、長い髪の毛落ちてたから」
は? 探偵かよ?
思わず口をついて出る、本心。もう僕は、動揺を隠せていなかった。
いや。待てよ。
なぜ、動揺をする必要がある?
借りた車の助手席に、女の子を乗せて、何が悪いと言うのだろうか。
だってべつに、シートを倒して……みたいな、悪いことをしたわけでもない。ドライブレコーダーを、見てもらったって構わない。……いや、やっぱ少し嫌だけど!
わかっていたんだ。バレようが、何も問題なんてないと。
それなのにドキッとさせられたのは、なぜだろう。
その答えは、明白だった。
父親とそんな話をするのは、生まれて初めてだったからだ。
振り返ってみると、父親に干渉されたことなど、ほとんどない。
高校入試、大学入試、就職活動、また転職に至るまで。僕の人生におけるターニングポイントにおいて、何か口出しされた記憶は一切ない。
「勉強しろ」と、言われたことも一度もない。「あれをしろ」、「これをしろ」と、何か指図されるようなことも皆無だった。
言ってしまえば、放任主義。そんな風にして、育てられた。
だからと言ってべつに、仲が悪かったわけではないけれど。口を開けば、共通の趣味であるプロ野球の話ばかり。自分の近況など、話すことはなく。悩み相談など、することもなく。特に何も、聞かれもしない。ずっとそれが、当たり前になっていたから。
一時期は本気で、思っていた。父は自分に、興味がないのだろうと。
俺がどこにいて、何をしていても、べつに気にしないんだろうなって。
そう思ったからと言って、何か行動に移すわけではないけれど。少しだけ、寂しかったこともある。
でもまあ、構わない。干渉されないというのは、気楽でもある。自分のやりたいことを、邪魔されずにできるのだから。
しかし同時に思った。「あれをやれ」、「これをやれ」と尻を叩いてくれる人がいない。それならば自分のことは、自分で律していかなければならない。
「あっちに行け」、「こっちに行け」と、指図する人がいない。それならば自分のことは、自分で責任を持って判断しなければならない。
だから僕は、勝手に勉強することにした。誰かに何かを言われるから、とかではなく。それが自分の将来のためになると信じていたから。自分のやるべきことだと、信じていたから。
大学受験が差し迫ってきても、何も聞いてこない。だから志望校も、相談せずに勝手に決めた。早稲田に行くと、そう決めて日々勉強に取り組んでいた。
でも当然のことながら、興味がなかったわけではないと思う。それは日々、理解していった。
「今日車、乗って行くか?」
父親が休みの日。僕が予備校に向かう時間になると、決まってそう声をかけられた。
そして終わる時間になると、家の赤い車がすぐ近くに停まっていた。
こちらから頼んだわけではなかったけれど、いつも車を出してくれていた。
社中でも進路に関して、口出しはして来ない。あれこれと詮索するようなことは、滅多になかったけれど。
「まあ、大丈夫だろ」と、決まって口にした。不安が和らぐような、心地がした。
それから、社会人になってからのこと。僕は新卒で入社した会社を1年3ヶ月で辞め、天狼院のスタッフになった。今までの人生の中でも、なかなか大きな決断だったけれど、僕は親に相談することなく自分で決めた。
転職が決まった日の夜、酷く緊張していたのを覚えている。
「言わなければ」。そう感じていたのは、確かだった。
今回ばかりは、受け入れられる自信がなかった。1年3ヶ月というのは、あまりに短い。一年間就職活動をして、ようやく決まった会社なのに。もう辞めてしまうのか、なぜ相談しなかったのか、と言われるんじゃないかと内心ヒヤヒヤしていた。
22:00過ぎ。リビングのソファに、父親は座っていた。帰宅した僕は、その隣に座る。しばしの間の後、「あのさ」と、不自然なトーンで僕は切り出した。
「実は、転職することになった」
父親は、驚いた顔で振り向いた。テレビを観るのを辞め、「なぜ」という疑問を僕に投げかける。当然の反応だ。緊張で、身体が強張るのを感じた。
僕は説明した。辞める理由。行きたい場所があるということ。そこに至るまでの経緯。天狼院が、どんな場所なのか。
粗方喋り尽くした後、父は穏やかな表情で口を開いた。
「そうか。でも、いいんじゃないか」
どういう意味だ。予想外の言葉に若干の当惑を覚えたが、すぐに言葉が続いた。
「お前にはずっと、干渉してこなかった。それはべつに、興味がないからじゃない。自分で判断して、自分で決めるだけの力があると思っているからだ。
今回だって、自分で決めたんだろ? なら、それでいいよ」
ああ。ずっとそんな風に、思っていてくれたのか。
少し泣きそうになりながら、思った。あれこれ聞いたりしない。だからと言って、興味がないわけじゃない。干渉しないという、信頼。そんなスタイルが、あるのだなと。
ハッキリと、理解したのを覚えている。
「思えば、初めてだな。彼女がいるとか、いないとか、聞かれるのは」
思い出しながら、ポツリと口にした。
「俺はずっとそう。けんじには、干渉しないスタイルだから。タイミングが来たら、勝手に連れてくるだろうって思ってる」
……ああ。この件に関しても、やっぱりそうか。「まあそうだな」と、僕は頷く。
「でも、急に子供ができたなんて言うのはやめてくれよ」
いや、そこは信頼してないのかよ。そうツッコミつつも、僕は笑った。
……なんて、綺麗に締めたかったのだけれども、それはあくまで昨年の話。
今の僕には、彼女なんていない。
父親にパートナーを会わせる日は、もう少し先になりそうだ。
◽︎平野謙治(チーム天狼院)
東京天狼院スタッフ。
1995年生まれ25歳。千葉県出身。
早稲田大学卒業後、広告会社に入社。2年目に退職し、2019年7月から天狼院スタッフに転身。
2019年2月開講のライティング・ゼミを受講。
青年の悩みや憂いを主題とし、16週間で15作品がメディアグランプリに掲載される。
同年6月から、 READING LIFE編集部ライターズ倶楽部所属。
初回投稿作品『退屈という毒に対する特効薬』で、週刊READING LIFEデビューを果たす。
メディアグランプリ33rd Season総合優勝。
『なんとなく大人になってしまった、何もない僕たちへ。』など、3作品でメディアグランプリ週間1位を獲得。
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