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ファンレターは、誰のために

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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:なめ山 なめろう(ライティング・ゼミ日曜コース)
 
 
引っ越しのために部屋を片付けていたら、封筒に入った分厚い紙の束が出てきた。
出せなかった手紙だった。
宛先は、10年ファンをやっている、とあるアーティストだ。
彼以外に、私が手紙を書くような相手はいない。
 
彼は、あるバンドのフロントマンだ(ボーカル・作詞作曲・その他バンドのコンセプトに関わる部分の総指揮)。音楽活動だけでなく、詩の朗読活動や小説の執筆もしているし、俳優業や映画製作もこなす。
もともと私は、彼のいるバンドのファンだった。それが気づけば、彼個人のファンとなっていて、彼に定期的にファンレターをしたためるようになった。
 
21歳のときに出会って10年以上、私はずっと、彼と彼のバンドを応援し続けた。
小さなライブハウスで演奏していたインディーズ時代から、見事メジャーデビューし、どんどん活躍の場を広げていく姿を、ずっと。
ライブやイベントに参加するためだけに、何度も関西から東京に遠征した。
彼のソロライブを観るためだけに、沖縄に行ったこともあった。
 
私はそれなりに、彼の熱心なファンだった。
ファン、だった。
引っ越しの片付けで彼への出せなかった手紙を見つけたとき、私にとって彼のファンであることは、すでに過去形になっていた。
彼と彼のバンドのファンをやりながらの10年、彼と彼のバンドに関係のない自分の人生の方も、それなりにいろいろあった。
恋愛に翻弄され、仕事に追われ、ちょっとした病気にもかかり、私はすっかり疲れ果てていた。
このときの引っ越しの理由は、家庭の事情で、退職が決まったためだった。仕事と家庭との調整に何度も頭を抱え、職場の人事担当者や家族とも衝突を繰り返し、くたくただった。
一人のアーティストのファンでいる気力は、もはや私には残っていなかった。
 
私がファンだった彼は相変わらず、新しいアルバムを発表し、全国ツアーの準備に追われ、自身の活動にパッションを散らしていた。
彼の表現活動に対する途方もないボリュームの熱意を、私は愛していたはずだった。
しかし、自分自身の生活にいっぱいっぱいで消耗していた当時の私にとって、彼の熱意はあまりにも強く眩しすぎた。
新しいアルバムも、発売後なかなか買えずにいた。新しい歌を聴く余裕が、精神的になかった。
 
私はいわば、ファン心の全盛期を通過し、すっかり枯れ果てたファンだった。そんな私がひょんなことから発掘したのが、ファンだった彼あての手紙。つまり、ファンレターだった。
出せなかった理由はおそらく、タイミングを逃したとか、そんなところだろう。
私は、出せずじまいのファンレターの封を開けた。
過去の私による汚い字が、端から端までびっちり埋められた、A5の便箋5枚の束が現れた。
 
これを書いた私は、手紙を発見したときから、2〜3年以上前の私だろうか。
手紙は、直前に参加したイベントの感想から始まり、そこに私自身の悩みが連なっていく。
 
「〇〇さんが観せてくれた表現や作品の世界は、日常生活を送るうちに自分の心の奥の方に追いやられてしまった感性を、再び肯定して、救ってくれるような気持ちになりました」
「自分の実生活には、ものごとを素直に感じるよろこびがありません。想像力を豊かに働かせる機会もありません。特に、仕事の場がそうです」
「他人の顔色や暗黙のルールにばかり縛られる。実用性や、社会性、生活の役に立つことばかり優先。今の環境で生きる毎日は、心も、あたまも、とても窮屈でさみしい」
 
手紙の中にいたのは、仕事や人間関係で感じる閉塞感に苦しむ、過去の私だった。
この手紙を発見したときの私は、10年来続けてきたファンをやれないほどに、精神的に疲れ果てていた。
疲れの原因は、当時抱えていた仕事と家庭の問題だと思っていた。しかし、手紙に綴られていたのは、仕事や家庭の問題を超えたところにある、自分自身の内面があげる小さな悲鳴だった。自分の精神的な感受性の部分から発される、小さな悲鳴。
 
そうだった。手紙を書いた2〜3年前から、私の心はずっと行き詰まっていたのだ。
 
いま、大好きだったアーティストのファンをやれなくなってしまうほどに、消耗してしまった自分。それは、2〜3年前からすでに抱えていた自分の内側の苦しみを、放ったらかしにしてきた結果ではないのか。
自分がほんとうに求めていたものを、やっと見つけた気がした。
 
同時に手紙の中には、大好きだったアーティストの作品に素直に感動し、救われる私もいた。
その感動を、私はけして過去のものだと思えなかった。
過去の自分が書いた手紙を読みながら、私はありありと、大好きだった彼が作る歌に心を動かされる感覚を思い出すことができた。
 
「私の心は、まだ生きている」
 
根拠はないけれど、そう思えた。
疲れ果てて、枯れ果ててしまったと思っていた自分の心は、まだまだ生き返る力を持っている。
出せなかった手紙は、私をそんな力強い予感で満たした。
 
手紙は、相手に何かを伝えるために書くものだ。
では、私がある日見つけた出せずじまいのファンレターは、いったい何のために書かれたのだろう。
出しそびれたばかりに、手紙の宛先へ届かなかった言葉は、いったい誰のためにあるのだろう。
 
「みなさん、手紙を書いてください」
そういえば、私がずっと応援し続けてきた彼は、自身のバンドのファンによく呼びかけていた。
真意は色々あるだろうが、おそらく彼はファンに、「自分と向き合ってください」と言いたかったのだと思う。
自分たちの作品を聴いて、感じたことを手紙に書く。
書く行為を通じて、自分の心の声に耳を傾けてくださいと。
 
そうだとすれば、手紙は、自分のためにあるものだ。
私の出せなかったファンレターは、私に過去を振り返らせ、私が忘れかけていた心の活力を呼び戻した。
私はきっとこの手紙を書きながら、必死に自分の内側と向き合っていた。
その痕跡が、たまたま手紙を出しそびれたことにより、私の手元に残っていた。
 
「貴方のパフォーマンスは素晴らしかったと伝えたい!」
ただそれだけで書いた私のファンレターが届いた先は、ファンの彼ではなく、数年後の未来の私だった。
 
手紙を書くこと。
それは相手を想いながら、同時に自分を想う行為でもある。
 
 
 
 
***

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2020-08-07 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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