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娘が学校へ行かなくなった話


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記事:小坂めぐみ(ライティング・ゼミ日曜コース)
 
 
子どもを育てるのは、よくできたミステリー短編集のようなものだ。
想定外の結末の連続である。
 
コロナの分散登校が終わり、通常登校が始まった6月から、中学3年生の長女は学校へ行けなくなった。
 
起きないのだ。
どんなに揺さぶっても、無理やり体を起こしても、
ゾンビのように力なく崩れ落ちていく。
夜更かししているわけでもないのに、午前中は起き上がることが出来ない。
 
彼女は幼いころから低血圧で朝が弱い子だった。
ワーキングマザーの朝は戦場である。
洗濯をして身支度をして朝食を作り、子供たちを起こし着替えさせ登園準備をして保育園へ送り届け、ダッシュで出勤しなければならない。
寝起きの子どもにグズグズされるのはとんでもなくストレスだった。
 
なんとか早寝早起きをして欲しくて、寝かしつけのテクニックを調べては実践してきた。
食事の時間、お風呂の温度、寝る前のルーティーン、照明は早めに落とす。
アロマも炊いたしベビーマッサージもした。
早起きすれば早く寝るだろうと、無理やり4時台に起こしてみたこともあるし、
食事も原因の一部ではないかとマクロビオティックに傾倒したこともある。
小児科に相談して体質改善の漢方薬も処方していただいた。
 
それでも、何をしても、みんな寝静まった暗闇の中一人で目を開けて起きている子だった。
もし当時、催眠術教室なるものがあれば、間違いなく飛びついていただろう。
 
ただ、ずっとそういう状態だったわけではない。
調子のよい時期もそれなりにあるのだ。
早起きして算盤やお勉強をしていた頃もあった。
部活だって頑張っていたし、遅刻せず毎日学校に通えていた時期の方がほとんどだ。
 
成績も良いしお友達とのトラブルもない。
時々起きられない日があるのは気になるけれど、体力が付いたら改善していくだろう、と誰もがたいして問題視していなかったのである。
 
登校できないまま1週間が過ぎた後、ゾンビ状態の娘を引き摺るようにしてかかりつけの小児科を受診した。
 
「起立性調節障害」という診断がついた。
 
診断名がついて良かった、と思った。
これで学校にズル休みだと思われないし、特効薬はないにしろ対処方法があるからだ。無理やり起こした方が良いのか、寝かしておいた方が良いのか、それすら分からない状態は、例えるなら喉に魚の骨が引っかかっているような、チクチクした不快な感覚だった。
 
せっかく成績も良かったのに受験間近に登校できなくなるなんて、正直もったいないとも思ったが、学歴なんてあとからどうにでもなることを実体験として知っている。
だから深刻に捉えなかったし、診断が出た時点で、問題は八割解決したと思っていた。
 
必要なのは時間だけ。
今学校にいけないことぐらい、長い人生の中で見たらどうということはない。
病院に行って、対処方法を聞いて、実践する。任務はほぼ終了だ。
 
ところが、
 
長女はお医者様に言われた療法を全くやらない。
薬も飲まないし、通院も一回きりで、その後は頑として行かなくなった。
どうやら本人に直す気が無いのである。
 
想定外だった。
元気になりたいはずだ、すっきり起きて登校したいはずだ、と思っていたのだ。
急に色々なことが心配になりだした。
この子は一体どうしたんだろう。どうしたいのだろう。
胸がザワつき、イライラがつのった。
 
それがある時、ふと気が付いた。
「これは過去の私に対する感情だ」と。
私は高校生の頃、鬱病を患った。詳細は省くが、思春期特有の葛藤と親元を離れた寮生活の寂しさが原因だったように思う。
理想の自分と現実の自分が乖離していく。
 
私は自分自身に対して「頑張れない私」というレッテルを貼った。
 
高校3年生で中退し、翌年大検を受けて大学へ進学。上場企業に就職した。
就職の面接では鬱病の経験が「苦労してきた」として有利に働いたし、今では「あの頃の自分があるから今の自分がある、良い経験をした」と思っている。
 
でもそれは結果論として、だ。
 
本当の意味で、あの頃の自分を認めてあげられていなかったことに、同じように学校にいけなくなった長女を見ていて気が付いた。
 
娘を見て感じる焦りや葛藤はすべて、過去の自分に向けた焦りであり葛藤だった。
「みんなと同じように出来ない私は出来損ないだ」
「頑張れない私はダメな奴だ」
 
それがストンと腑に落ちた時、状況に対する感じ方が変わった。
長女が学校へ行けないことが、一切問題ではなくなった。
一緒に映画をみて、ガーデニングをし、お茶を飲む。夜になったら妹たちと一緒に雑魚寝。
朝起きられるかなんて、心からどうでもよくなった。
 
そのうち、娘は午後から保健室登校をするようになった。
いつのまにか朝、起きられるようになった。
夏休み前日には午前中の授業にも参加できた。
夏休み明けには登校できるようになるかもしれないし、出来なくても構わない。
 
想定外こそが人生の楽しみだから。
 
 
 
 
***
 
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2020-08-23 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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