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片思いはビールの味がした。


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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:櫻井麻緒(ライティング・ゼミ平日コース)
この文章はフィクションです
 
 
「今日、夜、飲みに行くよ!!」
 
教室のドアを開けるなり、開口一番、彼女は宣言してきた。
まわりにいる人たちが、何事かとこちらを向く。
 
そんな周囲の様子など気にするそぶりもなく、彼女は俺の隣に座った。
 
「今日の夜、どうせ暇でしょ。飲みに行こ。5限の授業が終わったあと改札前で集合ね」
 
一応、俺、就活生なんだけど……。
と、いう暇もなく。
とんとん拍子に、勝手に飲みに行くことになった。
 
4月に入り、連日就活に明け暮れていた俺は、新学期になって初めて学校にきた。
まだ内定はない。
そんな精神が不安定な中で、彼女と二人きりで飲みに行くのは嬉しい反面、少しばかり心が重かった。
 
「んー、冷えたビールは美味しいねー。あ、ぼんじりもう一本食べたいなー、つくねも頼もうかなー」
 
夜6時過ぎ。
行きつけの居酒屋で、やきとりを頬張りながらビールを飲んでいた。
彼女とは大学一年から一緒で、なんだかんだ授業が被ってこうしてよく飲んでいる。
 
彼女は好物のぼんじりを片手に、ビール4杯目へと突入していた。
酒には強いはずが、既に少しできあがっている。
 
普段はサワーを飲むくせに、なんだって苦手なビールばかり飲んでいるんだ、こいつは。
 
何か、酔いたい理由があるに違いない。
 
「んで、なんでそんなに今日、飲みたかったわけ? お前は就活してないんだから、気楽だろ」
 
そう、彼女は大学院進学が決定している。今、何も不安なことはないはずだ。
卒論が終わらないとか、そういう理由か?
 
「あいつに会っちゃったの、あいつに!! 私が一番会いたくなかったあいつに、たまたま、駅で、会っちゃった……」
 
最後は尻すぼみになりながら、彼女は言った。
あいつ……ってまさか。
 
「もしかして、幼馴染のことか? 生涯のライバルっていう……そいつ?」
 
「そう、そいつよ、そいつ。久しぶりに出くわしちゃった」
 
その幼馴染のことを彼女の口から聞くのは久しぶりだった。
何でも、「腐れ縁」らしい。
 
「小学1年生の時に知り合って、かれこれ15年。もうね、腐れ縁よ、腐れ縁」
 
彼女はやってらんない、とでもいうように、ビールを煽る。
ああ、これは今夜、こいつへべれけになるな……と心配しつつ、俺は枝豆をつまみながら、話を聞いた。
 
「小中と一緒のクラスで、生徒会も一緒、おまけにテストの成績をいっつも競い合ってた。勉強できるし、サッカーも上手い。ほんとにね、何でもできてむかつく。だから、負けてたまるかーって思って、私も勉強と部活を必死にやってた」
 
たしかに、スポーツも勉強もできるやつ、一人や二人はいたな……。
なんて、自分の中学時代を思い浮かべながら聞いてると、彼女は突然、ビールグラスをドンっと置いた。
 
「しかも、まるで趣味が一緒ってどういうことよ。映画好き、本好き、めずらしい物好き。高校、大学は違うけど、専門は同じ人文学。普段は連絡とらないのに、どっちかが進路に悩んでいたり、新しいことを始めようっていう人生の節目で、道端でばったり会うし。そして、今日話してたら、あいつも大学院進学らしいの。なんなの、これ。どこまであいつと一緒なわけ?」
 
「なんか、すげーよな。いいライバルというか同志じゃんか」
 
俺は、そんな人と出会えたことがないから、羨ましいと思う。
なかなか、そんなご縁はない。
 
「しかも? 常にかわいい女の子たちからモテモテで、両手に花状態。えーそりゃ、顔よし、高身長、勉強もスポーツもできるから、当然、世の中の女の子たちが放っておけないでしょうよ!」
 
だんだんと、愚痴になっているのは気のせいだろうか。
できることなら俺もそんな両手に花な人生を送ってみたいと思いながらも、だが、俺は彼女に確かめたいことがあった。
 
「でも、そんな幼馴染のことが、お前は好きなんだろ。何年も片思いをするほどに」
 
言った瞬間、彼女の動きが止まった。
そして、コクンっと、一度だけ、首を縦に振った。
 
「自分でもバカだってわかっているけど、あいつのことがやっぱり好き。ライバルで、いろいろむかつくけど、私にとっては初恋だから。」
 
……なんでも、高校受験に専念するために一度告白をしたらしい。
返事はいらないって言って。
だが、腐れ縁のせいか、会いたくなくてもどうしても出くわしてしまうため、忘れることができなかったようだ。
かれこれ、10年近くの片思い、か。
 
忘れたいのに忘れられない。
腐れ縁って、恐ろしいな。こんなにも、一人の人生を縛ってしまうなんて。
 
「自分でも、一途に片思いなんてばかだし、重いなーって思う。いい加減、新しい恋したいよ。普通に考えて、こんな重いの、嫌でしょ?」
 
彼女のビールはさっきから減っていない。完全にスピードは落ちていた。
だが、目は座っている。……酔っ払いの完成だ。
 
「いや、俺だったら、一途に想ってくれる子がいたら喜ぶよ。だって、嬉しいじゃん。そんなに俺のこと好きでいてくれたんだーって思うと、自慢したくなる。
だから、その片思い、諦めんなよ」
 
言いながら、俺の心はズキッと痛んだ。
 
その片思い、諦めんなよ……か。
 
「腐れ縁でつながっているなら、きっとその幼馴染とは今後も付き合っていくだろ。その時に単なる腐れ縁のままにするのか、それとも赤い糸で結ばれた縁にするのかは、お前次第だ。諦めたら、そこで終わりだろ。だから、そいつのことがまだ好きなら諦めるな」
 
……柄にもなく力説してしまった。彼女をみると、泣きそうな顔をしている。
 
「なんか、久しぶりに感動した。
……そうだね、恋も自分次第か。赤い糸かどうかはわからないけど、単なる腐れ縁には終わらせたくない。私、がんばるわ!」
 
どうやら、俺の言葉が彼女を勇気づけたようだ。
気分が晴れたのか、ぼんじりを片手にビールを一気飲みしていた。
 
あーあ、いい飲みっぷりなことで。
 
一方の俺は、自分が放った言葉を反芻していた。
 
腐れ縁にするか、赤い糸にするかは自分次第。
……彼女にむかって言った言葉だが、本当は自分に向かって言っていたのかもしれない。
 
俺の片思いの相手は、ぼんじりを美味しそうに頬張っていた。俺の気なんて知らずに。
 
はあ、俺と彼女は単なる飲み友達に終わるのだろうか。
10年も片思いを続ける彼女に、果たして俺の入る余地はあるのだろうか。
 
考えれば考えるほど、気分が落ち込む。
 
……だから、就活真っ只中の精神が不安定なときに、彼女と飲みになんか行きたくなかったんだ。
 
「やっぱり、今日飲みにきてよかったわ! なんだかんだ、私たちも腐れ縁だもんね。社会人になっても、飲みいこうね。あ、その時は驕りでよろしく」
 
……どうやら、彼女は俺との関係を腐れ縁と思ってはくれているらしい。
単なる飲み友達でなかったのは幸いだ。
 
だが、俺も、腐れ縁に縛られる運命なのか……。
 
「私ばっかり話したけど、あなたはどうなのよ。今は就活で恋愛どころじゃないか」
 
……いや、腐れ縁で終わらせたくはない。
 
「俺? 俺は、そうだな、就活が終わったらアクション起こすよ。まあ見てろって」
 
おーがんばれーなんて、呑気に言いながら、彼女は今日何本目か知らない最後のぼんじりを食べていた。
 
就活をまずは頑張って、そのあと、彼女をデートに誘おう。
自分次第で腐れ縁にも赤い糸にもなれるなら、赤い糸にしてやる。
 
俺は心に決めると、気持ちよくビールを飲みほす。
少し苦くて、でもすっきりしていたその味は、片思いの味だった。
 
 
 
 
***
 
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2020-09-05 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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