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本当に強いひと


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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:ゆーすけ(ライティング・ゼミ7月開講通信限定コース)
 
 
それは僕が友人と二人で飲んでいたときのこと。どんな流れでそうなったのか今となっては覚えていないが、「本当に強い人間」についての話になった。
「強い人間」というと、僕はアーノルド・シュワルツェネッガーのようなタイプを思い描く。筋骨隆々で、不屈の精神を持ち、インテリジェント。アメリカ的マッチョな男だ。
一方僕の友人は、思い当たる人物がいるという。その人は彼のいとこで、女性でありながら航海士の資格を取り、海外航路の船員として働いているらしい。
近年では女性の船乗りもいることはいるが、それでも船の仕事は男職場であるとのこと。海外航路の船員というと、一度仕事で船に乗り込んだら、数か月、下手すると半年近くは船の上で生活しながら、世界中を旅するという。船に乗っている間プライベートは全く無く、時には何日もぶっ続けで寝ずに仕事をするらしい。また、危険な作業も多く、下手すれば死ぬこともあるし、ケガや病気になっても、海上だからすぐに病院へは行けない。とても過酷な職場である。その代わり、船での勤務が終わった後は、逆に数か月間まとめて休暇がもらえるようなのだが。
「へぇー。そんないとこがいるんだ。女性でそんな仕事に就くなんてすごいね。機会があったら、会ってみたいな」
僕は半ば冗談で言ったつもりだった。すると、友人はこう答えた。
「あ、そういえば、この間連絡来たよ。航海が終わって、今日本に帰って来ているみたい。暇だからご飯でも行こうって誘われてたな……。よかったら、来る?」
 
こうして、ひょんなことから彼のいとこに会うことになった。僕は少し緊張した。一体どんな人なのだろう? 女性の航海士と言えば、某ジャンプ海賊漫画のキャラしか思い浮かばなかった。スタイルがよく、短気で、男勝りな芯の強い女性。現実の人物だと、女性警察官や、女性自衛官、はたまた、例えばレスリングの吉田沙保里さんのようなアスリートとか? そんな人を想像した。ひょっとして、お酒もものすごく強いかもしれない。僕は、待ち合わせ場所に向かう途中コンビニに寄って、ウコンのドリンクを買ってそれを飲み干した。
待ち合わせは都内の居酒屋だった。僕の方が先に着いて、通された個室で少しドキドキしながら待っていた。
約束から十五分くらい遅れて、友人がいとこを連れてやってきた。個室の暖簾をくぐって「お待たせ、ごめんな。遅れて」と友人は僕に詫びた。その後、彼女が入ってきた。
「あ、ゆーすけさんですねー。お待たせー」と言いながら。
彼女を一目見て、僕は面食らった。あれ……イメージと違う……。
 
どんな人かと思いきや、彼女は身長が150センチに届くか届かないかの小柄な女性で、色白だった。ふんわりとした感じの水色のワンピースを着ていて、船乗りというより、街中のカフェで働いていそうなタイプである。
声色も柔らかく、語尾を少しだけ伸ばす癖があり、おっとりとした雰囲気の女性だった。海賊漫画というよりも、ゆるふわ系美少女が出てくる漫画のキャラである。
店員さんが飲み物の注文を取りに来た。僕と友人はビールを頼んだ。「何飲まれます? ビールにしますか?」と僕が彼女に尋ねると。
「あー。ごめんなさい。私、ビールというか、お酒全然のめないんですよー」と言い、メニューを見て少し迷ってから、「じゃあ、パインジュースをくださーい」と頼んだ。
 
それから、いろいろな話になった。もちろん主は彼女の航海士としての生活のこと。友人が言った通り、船の上での生活は過酷な面もあり、仕事で何日も寝られない日が続くこともあって、それが辛いらしい。それに彼女が乗るのは客船ではなく、コンテナ船などの商用船であり、乗り心地なんて考慮しないから、ものすごく揺れるとか。
「ほんとに、すごいんですよー。夜寝てても、ベットから転がり落ちちゃうくらい。だから、ベッドにロープがついてて、海の荒れがホントにひどいときは、それでベッドに体をくくりつけて寝てますねー」こんなことをゆるーい感じで、笑顔で言うのである。
それに死にかけたことも数回あるらしい。一度は夜の海に落ちそうになったとか。
「いやー、あぶなかったですねー。あれは……あはは」と彼女は他人事のように語る。
「よく、そんな仕事できますね。僕なんか絶対無理だな」と僕が言うと、
「いやーそんなことはないですよー。まあ、慣れの問題ですねー。意外と、なんとかなるもんですよー」と彼女は笑いながら言った。
それからしばらくして彼女はお手洗いに立ち、僕は友人と二人になった。
「どう? タフなやつだろ。でもあれですごいんだぜ。実は早くに父親を事故で無くして、幼い頃から相当苦労したはずなんだ。でも、彼女が泣いたり、落ち込んだりしているのは見たことないな。いつもああやって、ほんわり笑ってる。本当に強い子だよ。あいつは……」そう友人は呟いた。
彼女がお手洗いから戻ってきた後、しばらく話をして僕は友人とそのいとこと別れた。
 
「柔よく剛を制す」という言葉があるが、正に彼女にぴったりの言葉だ。彼女は決して折れることはない。たとえどんな困難があるにせよ、彼女は決して自分のペース見失うことはないように僕には思える。きっとあのふんわりとした感じで、すべてを笑って受け流してしまうのだろう。それこそが、人としての本当の強さなのかもしれない。
今日も彼女はどこかの国のどこかの海で仕事をしている。僕は彼女の航海の安全を祈る。
 
 
 
 
***
 
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2020-09-13 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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