25年後の「りゅうちぇる」と「ペコりん」
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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:椎名真嗣(ライティングゼミ・平日コース)
「みきちゃん、……」
久しぶりの夫婦水入らずの沖縄旅行の道中。信号待ちのレンタカーの中で僕は助手席の妻に呼び掛けた。その後起こった事は3年経った今でも忘れられない思い出だ。
僕と妻の馴れ初めはスキューバダイビング。伊豆での一泊二日のダイビングツアーでたまたま一緒になったのだ。ツアーで意気投合した僕達は1週間後には初デート。初デートで僕は妻を「みきちゃん」と呼んだ。妻は僕の事を僕の名前である「まさし」をアレンジして「マチャリンスキー」と命名した。
お互い惹かれ合った僕達は初デートからさらに1週間後、当時妻が住んでいた1DKのアパートで同棲生活を始めた。ラブラブな僕達。外でもアパートの中でも手をつなぎ、身体を寄せ合い、狭いシングルベットに2人で寝た。当時の「マチャリンスキー」と「みきちゃん」は、TVで見る「りゅうちぇる」と「ペコりん」に負けないくらいラブラブだった。
結婚は勢いと言われるが、僕達の結婚もそうだった。付き合い始めてから半年後には結婚式を挙げた。式を挙げたのと同時に同棲していた1DKのアパートを引き払い、新たに2DKのマンションに2人で住み始めた。部屋が大きくなり、ベッドはシングルベットからダブルベッドへ。しかしお互いの呼び方は長男が生まれるまで変える事はなかった。
3年後、長男が生まれた。子供が生まれて僕達は「パパ」と「ママ」になった。お互いの呼び方も「マチャリンスキー」から「パパ」に、「みきちゃん」から「ママ」に変更。あれから22年。僕達は「パパ」、「ママ」と呼び合い、「パパ」業、「ママ」業にひたすら邁進した。来年、長男もいよいよ就職。同時に僕達は「パパ」業、「ママ」業からの卒業をむかえる。
さて「パパ」業、「ママ」業から卒業した後、僕達はお互いをどう呼び合えば良いのだろう? 呼び方は距離感を表す。「りゅうちぇる」「ペコりん」も「マチャリンスキー」「みきちゃん」も2人の距離感はゼロメートル。ラブラブ度はマックスだ。一方「パパ」「ママ」は役割上の呼び方。距離感は1.5mと言ったところだろう。少し離れた距離感でお互いを冷静に見ながら、助けあう。子育てでは必要な距離感だ。
今後子育ても終わった僕達は2人でいる事がまた増えるだろう。海外ドラマで見かける、手をつないで、仲睦まじく街を歩くちょっとシニアな夫婦。僕達夫婦もそんな風になりたいと思うのだ。付き合いだした頃のラブラブな距離感はないけれど、さりとて「パパ」「ママ」よりはずっと近い距離感。お互いを大事に思いながら、支え合う。そんな夫婦を目指したい。手を握り合う距離感としては30cmくらい。それにはどのような呼び方がふさわしいのだろう? そんな事を思いながらも、一方で僕は22年間続けてきた呼び方を簡単には変えられず、妻の事を「ママ」と呼び続けていた。
ある日、長男が卒業旅行で海外に行く事になった。妻は「子供ばかり、好きな所に行けて、ずるい」と言い出し、僕は「じゃあ、久しぶりに夫婦水入らずの旅行でもいこうか」と提案し、妻は大喜び。3泊4日の沖縄旅行が決定した。
この沖縄旅行は妻の呼び方を変える絶好のチャンス。「みきちゃん」はちょっと照れ臭いし、とはいって「みきこ」と呼び捨てにすることは、今更できない。僕は悩み、いっそ今回の沖縄旅行は「ママ」で通そうかと思い始めていた。
沖縄旅行出発の1週間前。毎週夫婦で通っているジムのパーソナルトレーナーの助川君、通称「すけちゃん」に僕の悩みを打ち明けた。「すけちゃん」は僕のストレッチをサポートしながら
「絶対『みきちゃん』でいきましょう! しかも久しぶりの夫婦水入らずの沖縄旅行ですよね。このチャンスを無駄にする事はないですよ。ラブラブな恋人同士に戻るチャンスです! 美紀子さん(妻)もそれを望んでいるはずです!」
僕は
「すけちゃん、そんな大げさな。ラブラブな恋人同士に戻るなんて。僕はもうちょっと穏やか路線で考えているのだけれど」
と言いそうになったが「すけちゃん」の話を60分のトレーニング間、黙って聞いていた。「すけちゃん」は60分の間、ずっと煮え切らない僕を「みきちゃん」でいくように説得し続けた。そして流石の僕もトレーニングが終わるころには沖縄旅行で妻を「みきちゃん」と呼ぶことに決めたのだ。
沖縄旅行2日目の朝。いよいよ今日は「みきちゃん」と呼ぶ日。事前に「すけちゃん」から伝授された作戦を頭の中で繰り返した。
「やっぱり車の中がよいです。運転席と助手席という位置関係は一番リラックスして話しやすいといわれています。みきちゃん、今日は夕食、何食べたい? とか自然な会話がよいと思います」
と、「すけちゃん」
「すけちゃん」、僕がんばるよ! 東京から応援しておいてくれ!
僕と妻はホテルで朝食を食べた後、レンタカーを借りて美ら海水族館へ。晴れわたる青空の下、僕は車を走らせた。たわいのない話を妻としながらも、頭の中では「みきちゃん、今日は夕食、何食べたい?」の練習を何度もする。30分くらい車で走っただろうか。次の信号が黄色から赤に変わろうとしている。作戦を実行する絶好のタイミングだ。信号が赤に変わり、僕はブレーキをかけ、車を停止させた。そして助手席の妻にこういった。
[みきちゃん、今日は夕食、何食べたい?」
シュミレーション通り完璧なセリフ回し。
すると妻は僕のセリフから一拍置き、
「みきちゃんってやめてくれる。気持ち悪い!」
僕の頭の中は真っ白。信号は青になり、後続車がクラクションを鳴らすまで、僕は車を走らせることができなかった。その後、美ら海水族館で何を見て、夕食は何を食べたかはよく覚えていない。
その日の夜、ホテルに帰って寝る前に僕は少し冷静になって考えてみた。
妻からすると22年間呼ばれていた「ママ」から、なんの前振りもなく「みきちゃん」と呼ばれたのだ。僕との距離感は22年間ずっと1.5m。それがいきない0mにされたらそりゃ驚くだろう。僕と妻との距離感は僕の勝手な思いではなく、お互いの了解が必要だったのだ、と深く反省した。
沖縄旅行から帰った後、早速、事の顛末を自分の反省も含め、「すけちゃん」に報告した。
一通り僕の報告を聞くと「すけちゃん」は
「いや〜美紀子さん(妻)らしいですね。照れ隠しですよ! 本当はうれしかったに違いないですから!」
どこまでもポジティブだった。
あれから3年。
ポジティブな「すけちゃん」は独立して自分のジムを持つまでになった。
僕は未だに妻をこれからどう呼ぼうか悩んでいる。
「りゅうちぇる」、君は「ペコりん」を25年後になんと呼ぶのだろう?
***
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