メディアグランプリ

自分の感情の中で迷子になっている人へ


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記事:森真由子(ライティング・ゼミ平日コース)
 
 
「もやもやするんだ、理由は分からないんだけど」
久しぶりに電話で話した友人の声は、どこか弱々しかった。
それを言い出すのにも力を振り絞る必要があったのか、なんだか苦しそうに感じた。
 
また話そう、話ならいつでも聞くよ。
それがその時の私に返せた精一杯の返事だった。
もっと何か友人のためになること、役に立つことを言ってあげたかった。
なのに相変わらず大したことが言えない自分が情けない。
 
どうしたらあの苦しそうな友人を助けられるだろうか。
友人の感覚はすごく分かる。きっと同じ状態に直面している人が他にもいるだろう。
何より私自身、ここ3、4年の間に同じことを思ったことがあった。
 
社会人1、2年目の時はよく焦っていた。
でもそれは仕事の知識がない、仕事の進め方が分からないというはっきりした理由があった。
当時は貪るようにおすすめされていたビジネス本を読んでいた。それでいくらか不安が消えたような気はした。
だけどそのうち、どうやら自分の抱えているもやもやは単純に今の仕事のことだけではなさそうだ、と思うようになった。
 
何がきっかけだったか、もうよく覚えていない。
きっと書店で気に入った装丁の本にたまたま出会って、それを思わず購入してしまったからだろう。
ビジネス本の嵐から少し抜け出し、次第に小説を手に取るようになった。
小説は趣味として読むのは好きだったけど、社会人になりたての頃は、仕事に直結しなさそうと思っていた。だからあえて手に取っていなかった。
それが手のひらを返したかのように、今度は小説を読むエンジンが急にかかった。
 
何が自分にそうさせていたのか。
読んでいくうちに、何かが埋まっていくような充実感はあった。
 
最初はぶんぶんと無駄にふかしてしまっていた私の小説熱エンジンが安定し始めた頃、カチッという音がした。
この時に読んでいた小説は、辻村深月さんの『凍りのくじら』(講談社文庫)だった。
高校生の主人公は、誰かといても、一人でいても、どこか生きづらそうにしていた。そんな彼女は、アニメにもなっている国民的漫画『ドラえもん』をこよなく愛していた。その原作者である藤子・F・不二雄は、彼にとってのSFはサイエンス・フィクションではなく、「少し不思議」のSFであるという言葉を残していた。主人公はこの言葉をもじって、同級生や周りの人に「スコシ・ナントカ」というフレーズでそれぞれの個性を表す遊びを自分の中で密かにやっていた。
 
「Sukoshi・Fuzai(少し・不在)」
彼女は自分に対してこう分析していた。
これを読んだ時、私の中でカチッという音がした。
 
『私が、自分の「生きてくための現実感」と「想像力」がこんなにも薄いことに最初に気付いたのはいつだったろうか』(45頁)
カチッカチッ、またしても音が鳴った。
彼女が自分自身に投げ掛けた問いに、はっとした。
 
自分なのに自分でないような感覚が、たまに襲ってくることがあった。
自分という人間を遠くから見ているような感覚。自分は確かにそこにいるのに、本当に生きているのかがいまいちしっくりこない不思議な感覚。
世界は何かのゲームの中にあって、自分はただその一部の駒でしかない。
今まで上手く言葉で言い表せられなかったけど、「少し不在」という言葉はこの感覚にぴったりのように感じた。
 
小説の中の主人公は、高校2年生の夏の出来事を通して「少し不在」な自分を乗り越えていく。
彼女は少しずつ、自分がどうしてそう感じているのかに気付いていく。
そして読んでいる私も少しずつ、自分が抱えていたもやもやがなんだったのか、彼女を通して理解していった。
読みながら小説とは別の流れで、私の感情と思考がぐるぐる激しく回転していた。
たぶん、私は本気で、覚悟を持って生きるのが怖かったんだ。
何をしたいのか、何を欲しているのか。本当は分かっているのに、本気になっても失敗してしまうのではないかと想像して怖かった。自分で責任を取るのが怖かった。
この恐怖を自覚した瞬間、初めて自分の中に留まっていた深い霧が晴れた気がした。
 
漠然とした悩みは、しんどい。
だって、漠然としすぎて対策のしようがない。どこから始めたらいいかすら分からない。
だけど、一度その悩みの種に自覚できたら、そこから日々の行動や考え方を変えていけるかもしれない。
 
自分の感情の根源は、きっと既に自分の中にある。
あとはそれに気付けるかだけだ。
 
たとえ架空でもたくさんの人の感情に触れる機会が、小説にはある。
今までいろいろな小説を読んできて、自分の感情に気付けるチャンスをたくさんもらえた。
カメラのピントのように、ピントが合えば自分の中でぼんやりしていたものがはっきり見えてきた。そんな出会いのチャンスが、きっと誰にでもあるはずだ。
『凍りのくじら』だけでなく、今まで触れてきた小説たちを通して、こう思うようになった。
 
もし自分の感情の中で迷子になっている人がいれば、手がかりを見つける方法の一つとして、小説を読むことを提案してみたい。
ビジネス書ほど即効性はないかもしれないけど、もうどうにもこうにも晴れない時は、試してみてほしい。
 
手に持っていた本を置き、電話越しの友人の声を思い出す。
うん、今度様子をみて、友人にも提案してみようかな。
 
 
 
 
***
 
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2020-09-12 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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