メディアグランプリ

十四少年漂流記


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記事:大塚啓介(ライティング・ゼミ日曜コース)
 
 
あなたは、小中学校の時の遠足のことをどれくらい覚えているだろうか?
卒業してからの月日が長くなるにつれ、どんどんその記憶は薄れ、きっと修学旅行のことを辛うじて覚えているくらいの人が多いだろう。ましてや遠足のことなんて忘却の彼方へ消え去っているのではないか。
ここで、私の記憶に鮮明に残る遠足の話をしよう。いや、遠足というより、「漂流」と言った方がいいかもしれない……。
 
中学2年生、14歳の秋。鎌倉へ遠足に出かけることになった。そのルートは鎌倉の山道を歩き、北鎌倉駅がゴールというものだった。引率の先生が先頭と最後尾につき、中学生の軍団は歩き出した。当時の中学校は携帯電話禁止であったので遠足中の楽しみは友人との会話くらいだ。大体、しりとりとか山手線ゲームとかして、一日が過ぎるといった感じであろう。
 
私は仲良くしていたY君、M君、O君と4人で喋りながら、山道を歩いていた。途中休憩を挟みながらひたすら喋り歩いた。休憩のタイミングは人それぞれで、所定時間までにゴールへたどり着きさえすれば良い。その時はしりとりがヒートアップし、Y君が「り攻め」に苦しんでいたのをよく覚えている。「り攻め」とは、順番が手前の人が「り」で終わる単語を言い続けることで、「り」から始まる言葉が尽きていくというものだ。やっとのこと
「リロ アンド スティッチ!」
とか思いついても、
「チート」「トリビア」「雨宿り」
といった調子でまた「り」が戻ってくるのだ。
 
思いのほかしりとりが盛り上がって、我々は前も見ずに喋りながら歩いていた。いつの間にか周りがいなくなっていることに全く気づかずに。
しばらくしてからだろうか、やっと気づいたのはO君だった。
「あれ、前の人見えなくなっちゃった、早く追いつかないと」
山道の先に集団の気配はない。
「でも、後ろの人たちもいない、早く行くと後ろの人もはぐれちゃうよ」
と、ここでM君。
「じゃあ後ろの人たちと合流すればいっか」
そして何を思ったか私たち4人は前に追いつこうとするのではなく、逆走することを選んだ。
 
もちろん、後ろからついて来ている人などいなかった。一向に軍団が現れず、「り攻め」のことなんて忘れて、流石にそのことに気づき始めた私たちは、
「時間までに着かないといけないし、やっぱ戻ろう」
「確かに。でも走らないと追いつかないな」
「あ、面倒くさいしショートカットしない?」
「いいね! 面白そう」
とこんな具合で、なんと山道ではなく道なき道を突き進むという行動に出た。
 
落ち葉で地面が埋め尽くされている山の斜面をさまよう私たちだったが、その険しさから、
「やっぱ山道に戻ろう」
と決断する。しかし、来たところを戻っても山道がない。どこに行っても辺り一体落ち葉の斜面だ。
「これ、詰んだんじゃね?」
「やばいね」
 
徐々に事の重大さに気付いた私は、バッグの中に隠し持っていた携帯を取り出した。
「おお! さすが」
と歓声があがる。
正規ルートを進んでいるだろう仲の良い他の友達もまた携帯を持ってきていることを知っていたからだ。助けを求めようと電話を試みた。しかし、なんと充電切れしているではないか。充電がフルでないまま持ってきたのが痛恨のミスだった。どうしよう、どうしようと、落ち葉に足を取られる中、Y君が
「実は俺も持ってきてんだ」
と二つ折りの携帯を取り出した。あとでわかるのだが、そこにいた4人全員携帯は隠し持っていたようだ。
Y君の二つ折りの携帯はちぎれ掛けで、文字通り「首の皮一枚で繋がっている」ものだったが、電話はすることができた。しかし、肝心の友人にはつながらなかった。
 
仕方なく歩くしかない4人だったが
「山をとりあえず降りればいいんじゃね?」
という結論のもと一気に斜面を降りていった。
すると、民家らしき建物が見えてきた。人間の作ったものが見えてきた安心感は今でも鮮明に覚えている。とりあえず、自分たちが今どこにいるのか把握するために、その民家の庭にいたお婆さんに事情を説明した。まさかそのお婆さんも、見ず知らずの中学生にいきなり「ここどこですか?」と聞かれるとは思ってもいなかっただろうが、その方は丁寧に教えてくださった。そしてゴールの北鎌倉駅に行くには徒歩では遠く、そこからは鎌倉駅の方が近いということがわかった。なるほど、では鎌倉駅に向かおうということになり、出発しようとした。するとお婆さんは
「気をつけな、これ持っていき」
と大きなたけの子をくれた。まさか自分たちも見ず知らずのお婆さんにたけの子を貰う日が来るとは思ってもいなかったが、お婆さんには心から感謝したい。
 
無事鎌倉駅にたどり着き、電車で北鎌倉駅へ向かった私たちは、なんと先頭よりもはるかに早くゴールに着いてしまった。自分たちは駅の前で、軍団の到着を待った。急がば回れ、とはこういうことだろうか。おそらく、こういうことでは無い。
 
先生方は、いなくなった4人がなぜか自分たちを通り越して先に着いている上に、謎のたけの子を持ち歩いているということで、カンカンだった。携帯の件もバレてしまった。こっぴどく怒られたが、今となっては唯一記憶に残っている遠足と言っても過言ではない。良い思い出である。
 
もう十何年も前のことだが、鮮明に覚えているこの遠足は、まるで漂流だった。自分の中でこの出来事は十四歳の少年の漂流記ということで、「十四少年漂流記」と名付けている。
皆さんも、このようにヒヤヒヤしたこと、やってはいけないと知りながら何かやったことを鮮明に覚えていないだろうか。背徳感が生む記憶の鮮烈さというのは、一味濃いものであると感じる。犯罪を犯したり人を傷つけたりすることはしてはいけないが、たまにはハメを外して楽しむ方が、いい思い出になるものだ。
《終わり》
 
 
 
 
***
 
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2020-09-13 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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