死んだ魚の目のような、あなたが
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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:大橋知穂(ライティング・ゼミ日曜コース)
むかしむかし、あるところに、お母さんと男の子と女の子がいました。
お母さんたちは、お父さんと一緒に、小さいけれど生活するのには十分は畑を耕して暮らしていました。
ある日、国で暴動が起きて、何も悪いことをしていないのに、お父さんが殺され、畑も焼かれてしまいました。
お母さんは幼い男の子と女の子を連れて隣の国に逃れるしかありませんでした。
ゆく当てもなく歩きました。
親切な人もいたけど、いろんな人に騙されました。お母さんは、女の人なので、危ない目にもいっぱいあいました。
歩いて、歩いて、そして歩きました。
歩けば、歩くほど、故郷の村からは遠くなって、知っている人はもちろんいないし、みんなが使う言葉も、お母さんが話す言葉とは違っていて、何も言えなくなってしまいました。
そしてとうとうその国の端っこまで来た時、妖精たちがすむ村にたどり着きました。妖精たちは、とても親切で、かわいそうなお母さんと二人の子どもたちを自分たちの村で住まわせてあげることにしました。
苦労をしたお母さんたちに、3人の妖精さんが、それぞれ魔法をかけて幸せにしてあげる、と言いました。お母さんには、妖精さんたちの言葉がわかりません。でも、だんだんお兄ちゃんの男の子は、妖精さんたちの言葉を覚えて、「妖精さんたちが、お母さんと僕たちを幸せにしてくれると言ってるよ」とお母さんに伝えました。
それまでいっぱい苦労したので、お母さんはにわかには妖精さんたちの親切を信じられません。
最初の赤い妖精さんは、お母さんに「なにもしなくても、ずっと食べられるようにしてあげる」と言いました。
子どもたちは、ごはんも食べられるし、寒い外で寝なくてもいいので、うれしそうです。でも、お母さんはニコリともせず、そこで出される食事を黙々と食べていました。
二番目の青い妖精さんは、お母さんに「まずは言葉が分からないとね。お母さんが勉強できる場所を探すよ」と言いました。
お兄ちゃんからそれを教えてもらったお母さんは、吐き出すように「言葉もわからないのに、勉強して何になるの」と、余計黙り込んでしまいました。
せっかく親切にいろいろなものを与えているのに、ニコリともしないばかりか、文句ばかり言っているお母さんに赤と青の妖精さんたちは、がっかりして、怒り出しました。
それを見ていた三番目の緑の妖精さんは、お母さんに「小さいけど、畑と肥料をあげる」と言いました。お母さんの顔色が変わりました。目に力が戻ってきました。
これは実話で、お母さんたちは、ミャンマーで田畑を焼かれ、お父さんを殺されてバングラデシュに逃れてきた。何万キロもを歩いて、インドの国境近くで保護された。最近ニュースでも話題になったロヒンギャ難民の一人で、お母さんも子どもたちも売られるところを間一髪で警察に発見され、NGOのシェルターに連れてこられたのだ。
そう、妖精さんたちは、NGOの人たち。そして、青い妖精さんは、私自身だ。
5歳の男の子は、ベンガル語を理解していたが、お母さんはミャンマー語しかわからなかった。3歳の女の子は、いつもお母さんから離れようとせず、一家は他のシェルターの子どもたちから浮いた存在だった。
せっかく自分と子どもたちの安全を担保できたのに。
せっかく周りの人たちが、新しい生活を立て直す生活を支援してくれているのに。
どうしてこのお母さんは、こんな死んだような目をしてやる気がないんだろう。
どうしてこのお母さんは、二人の子どもたちのためにがんばらないんだろう。
どうして……
お母さんに苛立ちを覚えたまま、私は日本に帰った。
それから数か月がたったころ。
ある会議でNGOの人と再会したので、気になっていたことを聞いた。
「あの一家はどうなった?」
「そうそうお母さん、大化けしたのよ! あれからしばらくして、小さい畑を彼女にあげたの。そしたら、そのとたん、もう目が輝き始めて。畑を耕すことにとてつもないやる気を出したのよ。そして、なんと! ベンガル語も覚えだしたのよ。いまじゃあ、全くの別人よ」
「やる気のない、ダメなお母さん」という私のラベルは、その時見事にはがされた。
彼女は主体的に動ける、畑を自ら耕すことを選択した。そして、食料を手にし、言葉も覚え始めた。
人の意欲や、想いを見限っちゃいけない、ってことだ。
さて。
これは昔話や、遠い国のお話だろうか。
日本ではシングルマザーの家庭は123.2万世帯だ。平均年収が243万円、日本の世帯平均が416万円で、175万近くの差がある。また、非正規雇用の割合が44%と、父子家庭の6.4%と比べても格段に高い。
シングルマザーの子どもたちをはじめとする貧困層の子どもたち、日本の7人に一人の子どもが貧困状態にある、は食事が偏っていたり、学習サポートが得られなかったりする。いわゆる貧困の連鎖ってやつだ。さらに、自己肯定感が低く社会との協調性に欠けたまま、成長してしまうケースも多い。
日本にいれば、難民のような戦火や迫害にあわないかもしれない。でも、家庭内のDVや日本社会特有の「自己責任論」に矢面に立たされるリスクも高い。
昔話には終わりがある。
現実には日常は続いていく。「みんな、幸せに暮らしましたとさ」とはいかない。
生きづらい社会でもがきつつ、でもどうしたら「幸せな暮らしを実感できるのか」
その答えは、バングラデシュのお母さんが教えてくれている。
***
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