メディアグランプリ

描くことはまるで鶴の恩返しのようだった


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:永久保宏代(ライティング・ゼミ日曜コース)
 
 
過去に10年間ほど絵画教室に通っていたことがあります。小さい頃から絵を描くことが好きだったので、いつかチャンスがあったら学びたいと思っていました。教室に通ったことで画家の世界を体験でき、最終的には絵画展に入選するなど、まさに思い描いていた夢を実現出来たとても幸せな期間でした。
ただ、夢の実現は甘くはありませんでした。なぜなら予想外の苦しみも伴っていたのです。
 
毎週水曜日の夜は、残業しないように翌日に繰り越せる業務は翌日にして、素早くデスクの上を片付け、オフィスから徒歩5分の距離にある絵画教室へ目がけて早足で向かいました。
教室のドアを開けると油絵の具の匂いが鼻腔を抜け、一瞬で会社員モードから憧れの絵描きモードにスイッチが入れ替わります。絵を習いたかった私にとってたまらなく嬉しい瞬間でした。
 
教えてくれた講師は、若いけれど良い意味でなかなかの曲者で、現役で自身の作品を創作・発表し続けているだけでなく、美大を目指す予備校講師もしている方でした。そのせいか、教室の雰囲気は和気藹々としたものではなく、生徒各々が真っ向から自分の制作物に向き合う緊張感で溢れていました。
 
教室では毎月異なる課題が出されて制作をするのですが、これがいつも本当に難題なのです。
どんな課題が出たか一つだけ例を挙げましょう。
まず詩を渡されます。生徒たちはポカーンとしながらとにかく読んでみるのですが、
詩の内容は、お金の無い貧しい少年の何とも切なく悲しい詩でした。そしてその課題とは、
「詩を読んで感じた感情やイメージを、一度自分というフィルターを通して再構成してキャンバスに表現しましょう。注意:詩の情景説明にならないように!」
 
一度自分を通して、再構成して表現するってどういうことだろう? 私は頭の中が? でいっぱいになりました。講師によると、詩を読んで浮かんだ情景を絵にするのではなく、詩によって引き出された感情やイメージを二次元にアウトプットして絵画にするということだと言うのです。理解できない私は何度も質問してようやく課題を理解しました。
 
色、構図、抽象/具象画など特に指定は特に無く、全て自由。
真っ白なキャンバスを前にして固まる私。在るのは詩を読んだ時の悲しい感情が横隔膜のあたりに重く残っているだけでした。
周りを見ると途方に暮れているのは自分だけではないことを知り、少し安心する私。
「ご自分の経験や思いとリンクさせてもいいですし、詩のストーリーを膨らませてもいいかもしれません」と先生。
 
しばらくすると生徒たちは徐々に動き始めました。もう一度詩を読み返す者、苦悩の表情で目をつぶる者、思いついた色をキャンバスに塗る者、線で表現する者、中には、琴線にふれたのでしょう、ツーっと静かに涙を流す者。それぞれの世界で苦悩していました。
 
私も、戸惑いつつ手の動くままに少しずつ絵の具を重ねてみました。
詩を読んだ時に感じた痛みを、横隔膜に残る重さをどう表現するか、唸りながらの試行錯誤。
重い色を重ね、面で見た時にも強弱のリズムを感じられるよう抽象的に表現。詩の中の少年の、やるせない気持ちをペインティングナイフで絵の具を削ることで表現し、私の思いとして一筋の救いを求めるかのように僅かに明るい色も加えて。
 
時折キャンバスから離れて作品を俯瞰する度、予想以上に自分の技術の無さに落胆しつつ、まるで何かと戦っているかのように、気持ちを奮い立たせてまた筆を入れる、をひたすら繰り返していきました。
夢中になって描いているうちに、内面の想いと筆が共鳴して一体となる不思議な瞬間がありました。言葉で表現するのはとても難しいのですが、心とか魂が筆に乗るようなそんなイメージです。自分だけが分かる充足感と幸福感に包まれた瞬間でした。
技術が無いなりにも精一杯キャンバスや絵の具と格闘し、満足いく作品には程遠いけれど、もうこれ以上何をやっても無駄だ、となって筆を置きます。そして一種のフロー状態から抜け出て初めて、長時間水分も摂らず、空腹だったことに気づくというパターンでした。
 
教室の課題をこなす度に、精根尽き果て疲労感が襲い、フラフラな状態で帰路については毎回こう思うのでした。
「絵を描くって楽しいだけじゃなかった。今の私は機を織り終わった鶴のような状態だ。羽をむしって布を織ったあの鶴みたい」
全身全霊で創り出すことに向き合い、産みの苦しみで体力的消耗は激しいうえに、大した布も織れないけれど、充足感とやりきった思いで心はいっぱい! 楽しいのか辛いのか分からない状態でしたけど、ふりかえるとものすごく楽しんでいたのは間違いないです。
 
そして今、ライティング・ゼミの講座を受け、1回目の課題に取り組むこの状態が、まさにあの時の私と少し重なっている気がします。「書く」と「描く」で漢字は違うし、思いと文字に一体感は感じるには遠く及ばないけれど、体力の消耗だけは同じような気がします。これから回を重ねるごとに充足感とやりきった幸福感も味わえるようになることを楽しみに、少しずつ私なりの筆を重ねていけたらと思っています。
 
 
 
 
***
 
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2020-12-28 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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