名古屋ユウゼンの「あんかけスパBランチ」はメリーゴーランド
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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:安藤英裕(ライティング・ゼミ冬休み集中コース)
「これ、絶対、罰ゲームだよ……」
名古屋の会社に入って1年目。
先輩に連れられたランチで
名古屋めしの一つ「あんかけスパ」を初めて口にした時の正直な感想だった。
野菜や肉を煮込んで作られるというソースは
その名の通り中華料理のそれのようにとろみがあって、コショウがよく効いている。
麺は2ミリを超す太さで、茹でた後、炒めてあるため腹持ちがいい。
見た目のインパクト大、カロリー大。
働き盛りのサラリーマンにとって、一皿でお腹を満たしてくれる打ってつけのランチだ。
「ソースがクセになるんだよねえ」
そう言って、サラリーマンたちは残ったソースもきれいに平らげる。
中には平皿に口をつけ、フォークを使って器用にかきこむ人すらいる。
でも、私はダメだった。
まず、ソースのコショウ辛さにやられた。二口目で、汗が一気に噴き出した。
太い麺も合わなかった。口の中でモゾモゾとして飲み込むたびにゴクリと喉が鳴った。
さらに言えば、いかにもハイカロリーなところに怖気付き、
ソースをきれいに食べきるサラリーマンたちを全く理解できなかった。
信じられない……そう思った。
連れて行かれた店のソファが古くて、クッションが薄く、奥のスプリングが尻に当たった。
その座り心地の悪さもあって、先輩に何かの罰ゲームをやらされたような気分だった。
以来、会社の人とランチで「あんかけスパ」を食べるのは、付き合いと割り切っていた。
なんなら、名古屋の新入社員としての「義務」だと諦めていた。
だが、変わるのだ。変わってしまうのだ。人と言うものは……。
ある時を境に「ん?」となり、気付けば、すっかり「あんかけスパ」の虜になっていた。
「ん? このソース、パンチの向こうに味わいあり!」
例えるなら、イケメンでスマートな令和のチャンプ・井上尚弥のそれと言うよりも、
三度笠姿で登場し観客を沸かせた昭和のチャンプ・ガッツ石松のパンチのような感じ。
コショウの辛さが、まずバーンッときてハッとさせられるが、
その後に軽い酸味と共に野菜や肉の旨味がじ~んわりと広がる。
洗練されているわけではないが、どこか懐かしくも親しみやすい味で舌と心をくすぐる。
この旨味の存在に気付けば、最初の辛みはいいアクセント。汗も気にならない。
「ん? この麺だからいいんだ!」
最初食べた時はモゾモゾすると感じたが、よく噛んでみると気付く。
2ミリを超す麺は炒めることで独特のコシを生み、さらに噛み応えを増す。
その結果、あのソースがよく絡み、噛むごとに旨味を口中に広げてくれることを。
極細パスタのカッペリーニが、苦労知らずのお嬢様だとしたら、
この麺は世間に揉まれる苦学生。
痛め(炒め)付けられて個性が生まれ、味が出る……などと一人で納得。
「ん? トッピングは全部おいしいやつじゃん!」
玉ねぎなどの野菜とハム、それに赤ウインナーを炒めた「ミラカン」。
「あんかけスパ」の代表的なトッピングで、およそどの店でもメニューに載る。
細切りにされたウインナーは真っ赤な背と肌色の腹を見せ、炒められることでクリンとのけぞる。その姿は子どもの頃に食べたタコウインナーを彷彿とさせ、愛おしさすら感じる。他にも、豚肉をとじたピカタ風の卵焼きやミートボール、さらにはエビフライも。
どれも華やかな顔ぶれで、プロ野球でいえば年に一度のオールスター戦のよう。
どれが来ても歓声が上がる。
食べ応えがあって明快な味! 子供から大人までみんなが大好きなものばかりだ。
ただ、どんなトッピングでも、いや、トッピングがなくても、ハイカロリー。
特に私のようなデスクワークのサラリーマンは食べすぎると、とたんに腹に肉が付く。
まさに禁断のグルメ。
でも……。禁断……。その響きにも惹かれてしまうのだ。人と言うものは……。
気付けば、あれほど苦手だったのに、皆と同じように、こう言っていた。
「あのソース、クセになるんだよねえ」
その「あんかけスパ」の中でも、特に私を虜にするのが、「ユウゼン」のBランチだ。
「ユウゼン」とは名古屋市中区の雑居ビル地下に入る「あんかけスパ」の専門店。
他にも有名店はいくつかあるが、
ここの一皿にいろんなものが盛られるセットメニューがお気に入りだ。
AとB、2種類あるが、Bがいい!
大きな平皿に「あんかけスパ」、赤ウインナー、ミニハンバーグ、豚の焼き肉、サラダ、
アーモンド型に盛られたライス、それに中央にはエビフライが1本ピンと鎮座する。
あとここに、国旗を模したランチ旗が立ったら、さながらお子様ランチだ。
セットメニューだけに「あんかけスパ」の量が少なくなるのは寂しいところだが、
いろんな味を楽しむことができて、値段は950円。
1000円を超えないところが、これまたいい!
おつりの50円玉を手にした時、
「ランチにしてはちょっと贅沢したけど、1000円以内に収めましたよ」
そう、自分に言い訳できる金額だから。
私の食べ方は決まっている。
まず、焼き肉をつつくきながらライスを崩す。甘辛い味付けがライスとよく合う。
続いて「あんかけスパ」をくるりと巻き、ますはそのままで。
う~ん、コショウの辛みとソースの旨味がたまらない!
その後、半分にカットされたウインナーをフォークに刺し「あんけスパ」をもう一度くるり。
コショウの辛さで汗がでてきたらサラダをつつき、口の中をリセットさせる。
このルーティーンを2回繰り返したら、ウインナーに代わってハンバーグが登場。
焼き肉→ご飯→ハンバーグ&「あんかけスパ」→サラダ…。
一定のリズムで、まあるい皿の上を左回りにゆっくりゆっくりクルクルと……。
この動きに、ついメリーゴーランドを連想してしまう。
「あんかけスパ」をくるりと掴み、
これまた一定のリズムで上下しながら口に運ぶフォークは、さながら木馬のようだ。
すると、ここで幼き頃の記憶がよみがえる。
母親と一緒にメリーゴーランドに乗ったあの日を……。
帰りにデパートの食堂で食べたのは、
エビフライやハンバーグが盛られたお子様ランチだったっけ。
今、目の前に置かれたBランチは、それにそっくりだ……。
テーブル上に現れた小さなメリーゴーランドと
ふとよみがる思い出にほくそ笑みながら夢中でほおばり続ける。
そして、決まって最後に残るのは、
ハンバーグのひとかけらとエビフライ一本、それに皿にこびりついたソース。
エビフライを3つに分けると、
その一つを、皿の上を滑らせるようにしてソースをこそげ取ってからパクリ。
それを2度繰り返す。
最後に、残りひとかけらのエビフライを残すか、ハンバーグを残すか少し迷うが、
必ず、味がシンプルなエビフライを残す。
その方が、最後にもう一度、あのソースをしっかりと味わえるから。
楽しくもおいしい時間はあっと言う間に過ぎ、
気付けば、以前、信じられないと見つめていたサラリーマンと同じように
ソースもきれいに平らげている。
お腹は満腹。心は満足。
子どものようにはしゃぐ自分に少し照れるが、この一皿は夢心地にさせてくれる……。
***
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