原風景は自然のエネルギーが作る丸
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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:鈴木 道(ライティング・ゼミ日曜コース)
都会に住む皆さんに見ていただきたい風景がある。
新緑のブナ林だ。新緑といっても、豪雪地帯の山形では、新緑のブナ林は残雪に囲まれていた。深く残る残雪の中にブナの木々がすっと立ち薄緑色の葉を芽吹かせているのだ。本当に美しいと思った。私は高校生だった。40年以上前ということになる。近くを流れる川の水はきれいで、冷たかった。
高校生の頃、登山、植物観察、天体観察をするクラブに属していた。クラブといっても一学年一クラス25人、全校生徒合わせても75人の高校では、一人がいろいろなクラブをかけ持っていた。当時日本で一番小さいと言われた全寮制の高校だった。生徒は全国から集まっていた。
このブナの林は、5月の連休に飯豊連峰を登山した時に見たものだったろう。途中、川に一本橋がかかっていて一人ずつ渡った。最後に一人なかなか渡る決心がつかずにいた友達がいた。私たちはじっくり待った。しばらくして意を決した彼女は、慎重に一人で橋を渡ってきた。そんなスリルを味わいながらの登山だった。
そうこうして登っているうちにブナ林が目の前に現れた。山道が雪道だったわけではなかったと思うが、そこにはまだまだ雪が残っていて雪の中のブナ林だった。そしてそのブナの木の周りだけが、木を囲うように雪が解けている。木の周りにだけ、きれいに丸く地面が顔を出しているのだ。
木は生きている、と思った。
深い雪のなかで、呼吸を続け、水を巡らせる幹や根のエネルギーが周りの雪を解かすのだろう。圧倒的な自然の力を感じた。
私が、自然というと一番に浮かぶのはこの風景だ。
ある夏の夜、その地域に火球が飛んだ。後日、天体観測のグループで流星塵を採取しに行こうという話になった。流星塵というのは、流れ星が流れたあとに落ちてくる宇宙の塵のようなものなのだそうだ。飯豊連峰の残雪の表面の雪を集め、その雪の中に落ちている流星塵を採取しよう、という計画だった。今思えば若者はエネルギーがある。あるかないか分からない塵を探しに、わざわざ飯豊に登ろうというのだ。それは夏休みになって早々、みんなが帰省する前に実行された。引率の物理の教師は、天文台に勤務したこともあり、その道に詳しかった。生徒はただワクワクと準備をし、雪を集めて帰ってきた。
どうやって融けた雪から流星塵を採取したのか手順も全く覚えていないが、私たちは首尾よく流星塵をキャッチした。初めて使う立体顕微鏡で私もその流星塵を見た。黒くて、真ん丸の小さな球体だった。肉眼でもシャーレの上の黒粒は見ることができた。
ただ、私はこの経験をあまり声高に語れない。この話には私の大失敗が続くからだ。
私たちが何個の流星塵を採取できたのか、1個だったのか複数だったのかは覚えていない。学校に高価な立体顕微鏡があったことも知らなかったが、初めて使う顕微鏡で参加した全員がその塵を見られたのかどうかも覚えていない。ただ、私は、自分が見終わった後、シャーレの中の塵を床に落としてしまった。一瞬のできごとだった。そして、当時の割れ目だらけの校舎の床板から二度とその塵を見つけて拾いあげることはできなかったことだけを覚えている。ただ、そのことで指導者からも仲間たちからも何かを言われて悲しく思った記憶もない。皆、がっかりしながらも赦してくれたのだろう。
さて、丸い雪解けの中に立つブナを見ながら登山したり、空から落ちてきた宇宙の塵を探したり、こんな自然の中で高校時代を過ごすことができたのは素晴らしいことだったと思っている。そして、またいつか、残雪の中のブナの新緑を見たいと思い続けている。
先週、気候変動についての本の出版記念のシンポジウムを聞いた。その中で、40年来のダイバーから、サンゴの美しい沖縄の海中の写真が紹介された。同時に最近の同じ場所の写真が並べられた。サンゴが死んでしまい、がれきとなった無残な写真だった。同じ場所とは思えなかった。ダイバーになった頃に見ていた美しい海がこの20年間で、サンゴが病気にかかったように白くなり、やがて死んでしまっている様子を語っていた。自然がどんどん失われている。
私がみたあのブナ林は40年前と同じようにあそこにあるのだろうか。自然はいつも変わらずそこにあるものと思っていた。どうもそうとは限らないようだ。自然は守っていかなければ失われてしまうかもしれない大切なものだったのだ。そしてそれは日々の暮らしの中で意識していかなければいけないことなのだ。
後日談だが、最後まで橋を渡るのを躊躇していた彼女は結婚し、信州に住んでいる。今でも時間を見つけてはアルプスの山々を登山する一番の山好きになっている。自然のなかで、自然とともにある生活を選んで暮らしている。
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