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遠距離介護 あの駅弁はもう食べない


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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:喜多村敬子(ライティングゼミ超通信講座)
 
 
平日の新幹線に乗ると、スーツ姿の出張の働き盛りの男女に混ざって、
ある女性たちの姿がある。
彼女たちは、旅行気分一杯の楽しげな服装ではなく、お土産で一杯の袋も持っていない。
動きやすい服装で、コンパクトなキャスター付きのバッグを引いている。
シンプルな実用一点張りの姿である。そして、一人である。
かつての私と妹もそうだったが、老親の世話に通う女性たちだ。
 
私は、物忘れが進む両親のために、
バス、電車、新幹線で片道4時間程の実家に通っていたことがある。
似たような経路だった妹と合流することもあった。
自分の実家というのは、遠くても、他の人が思うほどには遠いと感じない。
義父母のために通う人には、1時間でも長い道中だろう。
両親の不自然な様子に気づいてからの最初の1年は、帰省は季節ごとだった。
その後、だんだん回数が増え、一度の帰省も2泊から3泊……と増えていった。
自宅に戻って3日後にまた行くこともあったが、
気が張っていたのか、大変だと思わなかった。
俗に、「介護は最初の3年は頑張れる」というそうなので、その類だったのだろう。
 
一方、自宅では、幸いに娘たちはもう高校生と大学生だった。
この子たちを産んだ時、母は祖父母の介護をしていたので、
実家には頼れなかった。
おまけに長女は祖父の葬式の夜に、予定日よりも1カ月早く生まれた。
認知症の祖母の世話もあり、お宮参りまで、誰も実家からは初孫を見に来られなかった。
代わりに、自宅から車で15分の義父母がいつも良くしてくれた。
その時に思った。
この先、両親と義父母の4人に介護が必要になった時に、
家族に家事力がなければ、皆共倒れになる。
そこで、娘たちには中学、高校と週一回弁当を作るように言った。
弁当の内容が……という事もあったが、おかげで、
留守の間に料理をとりあえず任せることができた。
夫は、洗濯をしてくれた。
 
行きの新幹線では、車内で早めのお昼に駅弁を食べていくことにしていた。
向こうの駅に着いたら、店で食べる時間もお金も節約して、
すぐに次の交通機関に移動したかったから。
初めの内は、駅弁を選ぶのが楽しみだったが、
そのうちにそれも面倒になり、
美味しく、お手頃価格で、いつでもある「シュウマイ弁当」一択になった。
それは、駅売店の駅弁コーナーの一番下の段の左端にいつもあった。
駅に着いたら、いつも迷うことなくシュウマイ弁当へ一直線。
弁当選びに迷うことがなくなると、
それすら、ちょっとしたストレスだったことが分かった。
 
新幹線に乗っている間は、
特別な用事もなく、何もしなくて良いモラトリアム状態になれた。
人生の空白時間とも言える。
介護する娘でも、妻でも、母親でもない自分でいられる時間だった。
特に帰りの新幹線を待つホームでは、これから乗る2時間程が途轍もなく長く、
一仕事終えた後の特別な自由な時間に思えた。
待ち遠しかった。
しかし、座席にいると、実際の2時間は長くも短くもなかった。
束の間、頭を空っぽにしたいと思うのだが、
実家にいる間にフル回転した頭には、ぎっしり何かが詰まっていた。
そして、しばらくすると、
体温が少し下がる睡眠モードに入らないままに、
体が熱い中途半端に疲れたような眠りに唐突に落ちる。
そんな帰りを繰り返した。
 
新幹線の代わりに、時間とお金の節約に、深夜バスを使ったこともある。
夜10時発で、早朝5時着。
これなら、実家で朝から一日フルに動ける。病院に朝一に行くにも、余裕である。
だが、朝早すぎて、バスが着いた駅の前から実家へのいつもの市バスがなかった。
タクシーも走っていなかった。時間をつぶす店も、まだ開いていなかった。
始発の市バスを待つ間、自分はバカだと思った。
車内で眠れたので、疲れた感じはしなかった。
帰りも深夜バスを使った。この時も眠れた。
美しい朝焼けが、海沿いの道を走るバスから見えた。
7時前に帰宅、出かける家族を余裕を持って見送ることができた。
これなら、これから一日たっぷり時間があり、
家事もできるし、10時からのボランティアの会合も、買い出しも行ける。
意外と疲れていない、眠くもないと思った。
しかし、荷物を片付け終わったぐらいに、
どっと疲れが出て来て、ものすごく眠くなった。
それまでは気が張って、疲れを感じていなかっただけだった。
その日、会合には行けず、昼まで爆睡していた。
 
当時、深夜の長距離バスの出火事故が続いていた。
優しい義母は、
「お願いだから、深夜バスには乗らないで、新幹線代は出すから」
と言ってくれた。
「はい、お願いします」とはとても言えないが、気遣いが嬉しかった。
交通費が安く、時間も効率的に使えるが、深夜バスは帰宅後にツケが来た。
義母も心配するし、私には向いていないと、以後は新幹線にした。
 
結局、両親のために4年弱通ったが、遠距離介護としては短い方だと思う。
今、両親は私の自宅から車で10分のホームで暮らして、7年になる。
ホーム入りは母の決断だった。
実家には、両親のためではなく、風通しのために行くようになった。
行く時に、もうシュウマイ弁当は買わない。
たくさん食べ過ぎて、飽きてしまった。
それに、当時、実家に向かう時に、
自分の無視していた「やるせない」気持ちを、
シュウマイ弁当で思い出したくないのもある
でも、美味しい、懐かしいと思える日が、いつか来るだろう。
 
今も、新幹線で駅で当時の私や妹のような女性たちを見かける。
国内線にもいるだろう。
せめて、束の間に座る席が、
彼女たちのモラトリアムな自由開放区でありますようにと思う。
 
 
 
 
***

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2021-07-24 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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