タイムスリップは卵が先か、鶏が先か?《READING LIFE不定期連載「タイムスリップ」》
2021/09/13/公開
記事:吉田みのり(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
心ここにあらず。
どんなときに、どのくらいの頻度で人はそんな状態になってしまうのだろうか。
私は集中力がないからなのか、よくそうなる。
心がふらふらと過去であったり、ふわふわと未来であったり、くるくると妄想の世界であったり、ここではないどこかへ入りこんでしまう。
しかし、最近、今さらながらに気づいたことがある。
心ここにあらずの状態、過去へ心が旅立ってしまっているとき。それは注意しなければならない状態だということ。
過去へのタイムスリップは心の危険信号。「過去」へ迷いこんで、「今」へ戻れなくなっている状態なのだ。
気づいたきっかけ、というほど大袈裟なものではないけれど、私の中で「あ!」と思ったのは、数ヵ月前に1か月ほど心や体の不調が続いたことだった。
私は、私の自己分析によると、感情の起伏が激しく、ちょっとしたことですぐに落ち込んだりへこんだりするのだが、それに気づかず無理をしてしまい状態が悪化してしまう傾向にある。上司の言動であったり、仕事がうまくいかなかったり、家族や友人との会話であったり、なにかしら原因があることもあるが、なにか特別に嫌なことがあったわけでもなく、仕事が順調だったりするときでも、突然心の不調はやってくる。それは誰にでもあることだろうし、心や体のバイオリズムであったり、季節であったり、いろいろな要因が作用し自分の力ではどうにもならないことも多いのだと思う。
そのときも、突然心の不調がやってきた。原因がないパターンの、謎の不調だった。
気持ちが落ち込む、何をしていても楽しくない、仕事には集中できない、上司や同僚の何気ない言動に苛々する、愛犬と散歩していても戯れていてもいつもならそれだけで癒されて気持ちが晴れるのにちっとも晴れない、お菓子やお酒の量が増えて食生活が乱れる、朝も起きたい時間に起きられない、夜はやる気がないのだからさっさと寝てしまえばいいものをだらだらとテレビやスマホを見たりして夜更かししてしまう……。
毎日毎日、自分の納得のいく仕事や時間の使い方ができない。
「明日こそ!」とか思うけれど、明日が今日となってやって来ても思うようにはいかず、それでまた落ち込む。負のスパイラルにはまってどんどん下へと落ちていく。
そうしているうちに、体調も崩してしまい、さらなる負のスパイラルへと落ちて行った。
そんな状態で数週間。やたらと過去の思い出にぐるぐると巻き込まれていることが多かった。仕事の失敗、友人や家族とのいざこざ、悲しかった体験、そして何より以前のパートナーとの思い出から抜け出せなくなった。
それは、過去の素敵な思い出に浸って「あの頃はよかったな」というのではなく、一緒に過ごした期間の嫌だったこと、悲しかったこと、辛かったことを思い出し、それを悲劇のヒロイン風にさらに脚色して過激にしたものを、もう一度追体験するようなことが繰り返された。そのときの彼の表情や言葉、泣き叫んでいる自分、いろんなことをありありと思い出し、再び心を痛め付けられるような感覚を味わった。
彼のことは思い出さなくもないが、思い出してもなんの感情も伴わなくなっていたはずだったのに、なぜか痛みや苦しみを伴って思い出すようになった。
まさに、過去へのタイムスリップ。私は「今」ではなく「過去」の中で生きているような状態だった。
彼との別れは決してきれいなものではなく、大きな傷を負い、家族をも巻き込み、その当時はとてつもなく苦しんだ。
しかし、それはお互い様で、私も彼をとてつもなく傷つけたのはたしかだし、彼だって苦しんだはずだ(と思いたい)。
だから感謝はしているし大切な思い出ではあるけれど、でも「素敵な思い出」としてだけでは片付かないし、「辛かった恋愛」とだけでも語りつくせないし、忘れられない過去ではあるけれど、でも未練ではなかったはずだった。
しかし、過去へタイムスリップし、嫌だった、悲しかった、辛かった部分だけの追体験を繰り返すというのはどういうことか。
やはり今でも未練があるということなのか……。
そんなことをぐるぐると考えていたら、ふと、いやいや、卵が先か鶏が先か、ということなのか? という考えが浮かんだ。
心の不調から過去へタイムスリップしてしまい辛いことを追体験してさらに心の不調が加速していくのか、タイムスリップして辛いことを追体験してしまい心の不調へと陥っていくのか?
私の感覚としては、心の不調が先で、心の不調から過去へタイムスリップしている感覚だったが、もはやどちらが先かなんて自分でもわからなかった。
調子がいいとき、充実感や高揚感を味わえているときは、なかなか過去の嫌だったことなんて思い出さない。そんなことよりも、今の楽しさ、未来へのわくわくが心を占めているからだ。
ということは、意識して心を楽しさや未来へのわくわくで満たすように努力すればいいということだ。
でも、それよりも先に、もしくはそれよりも強力に過去の悲しみや苦しみが心を占めてしまったら? これが卵が先か鶏が先か、ということになるのだと思う。
そして、そもそも常に心をわくわくやドキドキで満たす方法なんてあるのだろうか?
それは、人生の目標があるか、やりたいことがあるか、今熱中できるものがあるか、大切な存在があるか、そんなありきたりなことになってしまうが、やはりそういうことが大切なんだと思う。
やりたいこと、夢中になっていることがあれば、心を過去で満たしている暇なんてなくなる。未来へのわくわくがたくさんあれば、過去が入り込む隙間も狭くなる。
でも、私にだって人生の目標ややりたいこと、大切な存在だってある。それでも心の不調には陥る。
過去へタイムスリップし、暗い過去をさまよう。
未来なんて1mmも見えない。過去の栄光はさらに大きな栄光と化けて今の自分とのギャップに苦しむ。嫌な記憶はさらに誇張して嫌な記憶として、私に襲いかかってくる。
そこから抜け出すにはどうしたらいいのか。
本を読んだりセミナーに参加したりして得た知識や私の経験を総動員して考えた対策は、自分の心をたんたんと見つめ、何を考えたり感じたりしているのかを知ること。そして、過去へタイムスリップしてしまっている最中に、私は「過去」へタイムスリップしていると気づくことができれば、「過去」から「今」へ戻って来られる可能性が高いことが、実体験としてわかった。
あ、私は今「過去」にいるのね。
それがわかると少し冷静になれた。
今の自分のいる位置が「今」なのか「過去」なのか? どこかわからなければ、戻りたい位置へ戻ることはできない。「過去」にいるのだとわかれば、「今」という目的地がわかり、「今」へ戻る方法を考えることができる。
また、自分の心をたんたんと見つめた結果、自分の気持ちを俯瞰できてわかったとしても、それ以上「悲しかったよね」とか「苦しかったよね」と自分の気持ちに寄り添うことはしない方がいいみたいだ。それをしてしまうと、その感情に引きずられてさらに悲しみや苦しみに拍車をかけてしまうし、悲劇のヒロインとなってそこにとどまろうとしてしまうからだ。
しかし、自分の状態に気づくこと。これがとてつもなく難しい。
常に自分を俯瞰して見ること、一歩引いて客観視すること。これができると、いつも冷静でいられて感情的な失敗は減るんだろうな、と思う。
いつも私は感情的になると、頭の中が火であったり、水であったり、針であったり、氷であったりで埋め尽くされてしまう。その火や針に振り回されて、考えがまとまらず言葉にもならなくなってしまうことが多い。その状態で感情的に発した言葉での失敗は数知れない。
いつだったか、サッカーの本田圭佑選手が記者会見の中で、自分の中には「リトルホンダ」がいて、心の中で問いかけると返答してくれる、というようなことを言っていた。そんな風に、冷静に自分の心に問いかけていく技を身に付けたいと思う。俯瞰や客観視について考えていたら、そんな昔の会見を思い出した。
そして、いろいろと考えてきて、こうしたらいいいのではないかということも述べておいて、身も蓋もない話しになってしまうが、そもそもなにもできない、なす術がないことが多いのが現実だと思う。
自分の心をたんたんと見つめたり、自分が「過去」にいるのか「今」にいるのか把握すること。それは過去へタイムスリップしてしまうようなとき、心が絶望的に弱っているときはそんな対応はできないことも多いと思う。過去へタイムスリップしたまま、戻って来る術がないときがあるのだ。なす術もなく、過去をさまようことしかできない……。
でも、それでいいときもあると思う。
解決にはならないが、そもそもなんでも解決できるものでもないし、解決しようと努力すること、解決できることだけがいいことではないと思う。
落ちるところまで落ちたら、あとは上がってくるだけ……、ということを信じるしかないこともあると思う。そして、その経験がいつかなにかの役に立つかもしれない。
数ヵ月前にやってきた心の不調からまだたいして時はたっていないのに、先月末にも原因がないパターンの、謎の心の不調がやってきた。
最初はせっかくの数ヵ月前の気づきも忘れ、なす術もなく、自分が「過去」にいると気づくことはできなかった。
しかし、いやいや、まてまて、そうそう、そういえば……、となんとか思い出し、自分の立ち位置を確認することができた。
私は今「過去」へタイムスリップしてしまっている、さまよっている、「今」へ戻りたいな……。
心の不調がやって来たら。心が過去へタイムスリップしてしまったら。
まずは自分に問いかけてみてはどうだろうか?
今私がいるのは「過去」なのか? 「今」なのか? 何を思っているのか? 何を感じているのか……?
現在地がわかればそれでいい。わかった上で「過去」から戻って来たいと自分が望めば方法は見つかるだろうし、そのまま「過去」にとどまっていたければそうするのもいいと思う。
自分の現在地がわかれば、少しだけ楽になる、もしくは少しだけ安心するのはたしかだから、ぜひ試してみていただけたらと思う。
□ライターズプロフィール
吉田みのり(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
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