長男のずる休み
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記事:石井亜寿美(ライティング・ゼミ12月開講コース)
「今日は身体がだるいんだ! 学校に行きたくない。絶対に休む!」
四角四面の高校二年の長男が、言った。
私は思考が止まった。
えっ? こういう時はどうすればいいの?
弟たちには、ちょっとくらい熱があったって学校には行けよ。と言っていたはず。
今までだって、「熱があればいいのに」「行きたくない」……と言いながらも、学校に登校していた。本気で行きたくない長男を、学校に行くように促す必要なんて今までなかったのだ。
二週間ほど前から首が痛いという長男を、昨日整体に連れて行ったばかり。体中の筋肉が固いと言われ、ほぐしてもらったから、だるさを感じるかもしれないと確かに言われた。でも本当に学校を休むほどだろうか。
それとも、今まで黙っていたけど、学校に行きたくない気持ちがずっとあったのかもしれない。剣道を小学校から続けてきたので、自然と剣道部に入部した。部員が少ないのはわかっていたが、同学年の部員は2名だけだった。部活が面白くないと一年生の後半くらいから、ずっと言っていた。
2年にあがる際に、もう一人の部員が辞めた。長男も辞めたいと言ったが、つまらないという理由だけで辞めるのを私は許さなかった。そして彼は部長になった。幸い一年生の男子が入部し、今は二人で活動している。部活のことについて、私に言っても理解されていないと感じているのか、愚痴を言うことは少なくなった。顧問の先生は大変熱心だが、長男はそんなに部活に力を入れておらず、ちぐはぐな関係が続いているようだ。そんなことも、彼の中では負担になっているのかもしれない。
勉強の方はそこそこできると思っていたが、最近周囲が勉強をし始めたことで危機感を抱いているようなことを先日こぼしていた。彼の通う高校は、優秀な生徒が集まっている。入学当時は、コロナ禍でまともな授業も受けられなかった。そのため、勉強を家庭でコツコツしている生徒と、そうでなかった生徒との差が生まれた。長男はまじめなタイプなので、課題はしっかりとこなすし、しっかり成績がとれていた。2年生の2学期後半から今まで勉強しなかった生徒たちが、やる気を出し始めた。もともと優秀な生徒達なのだから、やる気を出したら成績が伸びるのは当然だ。長男は、差が縮まっていることに危機感を感じているのかもしれない。いつか成績を追い抜かれて、自分の今までの頑張りが無駄なものに感じるのが怖いのかもしれない。
そういえば、長男はずっと我慢してきたし兄弟のために頑張ってきたのだ。
私は昨年3月までフルタイムで仕事をしていたから、弟たちの面倒を見るのは長男の仕事だった。宿題がちゃんとできているか、遊びに行くときは何時に帰ってくるか、そんなことまで丁寧に面倒を見てくれていた。ご飯の準備もできるし、洗濯や掃除だって丁寧にできる。今一人暮らしをしても、十分にやっていけるだろう。何でもできるし、頼りになる長男に私は随分と甘えていたことに気づいた。
彼が我慢し始めたのは、次男が生まれる時からだ。これは私の母から聞いた話。次男が生まれる前、私は切迫早産で一か月入院した。長男は私の母が預かってくれ、毎日病院に顔を出してくれた。病院から帰るとき、泣くこともあったらしい。車の中でママと一緒にいたいと。私の母は困って、今はできないこと、長男が泣いても私は喜ばないことを伝えてくれた。長男は「ぼく、もう泣かないよ!」と涙をぬぐって言ったという。たった二歳の子が。
そうだ、その時からずっと彼は我慢してきたんだ。
結局、長男に何を言っていいかわからないまま時間が過ぎ、欠席の連絡を入れた。学校に行かなかった長男を眺めながら、今日彼が登校しないことなんて小さなことに思えてくる。
だるい、食欲ない、と言いながらもお昼はしっかりと食べて、家の片づけと掃除を手伝ってくれ、大変穏やかに過ごしている。
こんな駄々っ子のように、わがままを言うのは初めてだ。彼に何が起きたんだろう。でも、家の中で自分の気持ちを、自由に表現できることは大切だ。今まで言えなかったのが、言えるようになったんだ、と良いように解釈することにする。反対に、今まで言えなかった、または言わせなかった私がいたことも自覚する。ごめんね。
翌朝。一回休んだから、学校行くのが気が重くなるな、とつぶやきながらお弁当を持って元気に出かけて行った。夕方帰ってきたら、近くの図書館に勉強に行くと言って8時前に帰宅。落ち着いて行動しているように見える。
彼にとってずる休みは冒険だったに違いない。ちょっとした冒険をして、成長したね。
そんな気がした。
***
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