メディアグランプリ

無能と思われたくない病


202*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:飛鳥(ライティング・ゼミ2月コース)
 
 
どうしよう。私は自室のデスクの前で途方に暮れた。仕事が終わらない。
 
今月の私のチームは、明らかに仕事量が多い。普段から行っているシステム設計のタスクに加えて、私は上司から、他チームの開発した個所との連携について調査を依頼されていた。
しかも、本来は隣のチームが行うべき、開発したシステムのテストを行う作業まである。隣のチームがあまりにもスケジュールから遅延しているので、私のチームにテストの仕事が回ってきているのだ。他のチームもカツカツなのである。
 
このテストのタスクというのがタチが悪く、その日のテストが終わる頃にはほぼ1日の勤務時間が終了している。時間がかかる原因は、作ったシステムにバグが多いこと。つまりミスが多いということなのだが、作っているのは隣のチームなので私達にはどうしようもない。
 
上司から依頼された他チームとの連携調査の締切は金曜日。まだ火曜日だから時間があるように思えるが、既に始まっている他チームへの聞き取り予定をこなして資料にまとめる時間を考えるとギリギリといったところだ。
 
こんなこともあろうかと、元から担当している設計タスクについては、週末のうちに半分ほどは終わらせておいた。だが、よりによってタイミング悪く、今週設計予定の機能がやたらと複雑なのである。
時計を見る。午後10時。在宅勤務なのがまだ幸いだ。あと2時間分くらいは進めておかなければ。
 
だがその前に夕食、お風呂を済ませてしまおう。
キッチンのシンクに昼食時の食器が残っていないことに違和感を覚え、昼食を食べ損ねたことに気付く。お腹が空いていたことすら忘れていた。
朝ベランダに干した洗濯物は放置され、夜風にあたって冷たくなった状態で発見された。
 
勿論、この労働時間はたまたまスケジュール遅延が重なった結果であって、状況が良いときは定時で帰ることができる。今回の繁忙期も、あと2週間ほど耐えれば終わるだろう。
 
それにしても、今週は残業を減らすと決めたのに。先週は1日平均で3時間ほどだった残業は、今週は5時間以上にはなっている。
 
なぜこれほど働いているのか。残業を減らすにはどうすれば良いのか。
先週末に考えて出した結論は「仕事が多すぎるのが原因。翌週に回せる仕事は後回しにして、上司に仕事を減らしてもらおう」
 
だが、「仕事を減らしてください」その一言がどうしても言えなかった。
 
上司は優しい。「タスクが間に合わないと思われる場合は、早い段階で報告するように。分担を変えるから」と言ってくれる。でも他の同僚はそれぞれの仕事があるし、私のタスクを引き継ぐための説明時間を考えると逆に非効率だ。他に私のタスクを代われるのは上司くらいだろう。
 
それがわかっているから、「仕事が間に合いません」なんて言えない。管理職は残業代が付かないから、会社は管理職に仕事を集中させる仕組みにしている。寝ずに仕事をしている姿を知っているから、自分のせいでさらに負担を増やすわけにはいかない。
 
そして何より、仕事ができない人間だと思われたくないのだ。
新入社員を除き、皆それぞれ大変で同じくらいの量の仕事をこなしている。その中で一人だけ「仕事を減らしてほしい」なんて弱音は吐けない。周りから白い目で見られるに違いない。もっとも、在宅勤務なので周りの視線を浴びることはないのだが。
 
それにしてもこの仕事量はやはり異常である。明日こそは上司に相談しよう。
 
数年前、入社したばかりの私は定時で帰れる社会を作りたいと思っていた。与えられた仕事をできるだけ早く終わらせ、周りの目を気にせず定時で帰った。少しでも自分が早く帰ることで、他の人も早く帰れる雰囲気を作りたかったのだ。
「IT系は忙しいと言われるけれど、最近は働き方改革の影響もあって残業も減ってきているから」私を見た周りの先輩も、そんなことを言っていた。
実際、新入社員の頃は定時で帰宅できることが多かった。右も左もわからない新入社員には、上司が割り振る仕事の量自体が少なかったからだ。その分の仕事はおそらく先輩方がこなしていたと気付くのは、自分のチームの後輩に新入社員が入ってきてからだった。
 
上司が仕事を振ってくるのは、それをこなすだけの力があると評価してくれているからだと分かっている。だからこそそれを裏切って無能だと思われたくない。
 
こうして私は自分を追い詰めているのだ。
 
いつの間にか木曜日になっている。まだ上司に相談はできていない。もはや文化祭前に徹夜で準備しているときのような、興奮した気分になってきている。もう働けるだけ働いてやる、そんな気持ちだ。
 
だが、身体はボロボロだ。夕飯を作る気力もなく、カップラーメンをすする。こんなとき一人暮らしで良かったと思う。この姿は人には絶対見せられない。
髪はボサボサで鏡に映った自分の姿は妖怪かと思う。鏡の前でぼんやりしていると、首の皮膚が赤く腫れていることに気付いた。睡眠不足で肌荒れしたのかもしれない。我に返る。やっぱりこれはまずい。
「今週中に進めておいたほうがいい仕事」まで無理して終わらせるよう、自分でハードルを上げていないか。担当している仕事を見直した。
 
金曜日。「1時間早退して皮膚科に行きます」と宣言した。なんとか言えた。
最低限以上の仕事は完了させている。一部今週終わらなかった仕事もあるが、それらは来週に回しても後続のスケジュールに影響がないはずだ。
 
それを話すと、上司は「これだけの仕事を今週終わらせていれば充分。今週はありがとう」と言った。それだけだった。
それだけのことだった。怒られもしなかったし、同僚に白い目で見られることもなかった。
 
上司に無能だと思われた可能性も無くはないが、今週私にできることは全てやったのだから、それで無能だと思われるならもう仕方ない。結局一部の仕事を後回しにしただけのような気はするが、来週は今週より仕事の全体量が減るはずなので問題ないだろう。
 
気分も楽になった。ずっと隠していた秘密をさらけ出したあとのような、清々しさすら覚える。
 
病院の診察が終わったら、整体に行こう。仕事を忘れてガチガチの身体をほぐしてもらおうと決めて、私はパソコンの電源を切った。
 
 
 
 
***
 
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2022-03-23 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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