「つまらない」と「面白い」をつなぐメビウスの輪《週刊READING LIFE Vol.164 「面白い」と「つまらない」の差はどこにある?》
2022/04/04/公開
記事:今村真緒(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
皆さんが子供の頃に描いていた未来の自分、大人になった自分とはどういうものだったでしょうか?
なりたい職業は様々だったと思いますが、きっと大人になればいろんなことができるようになって、自分の適性や能力を活かした仕事をしていたいと願う人がほとんどだと思います。
そして実際に就職をしてみれば、思い描いていた仕事と自分がやっている仕事とのギャップに悩んだ人もいると思います。理想と現実の差に悩み、自分に向いていると思っていた仕事がつまらなく感じたり、やりたくないことを我慢してやったりしなければならない場面もありますよね。どんな職場にいたとしても、自分にとって面白いと思う仕事ばかりができるわけではないでしょう。
つまらなく感じているときは、人に「やらされている」と感じて憂鬱になってしまったり、こんなことやっても意味があるのかなと思ってみたり。
そういう時って、大抵その物事に対して自分の心が前向きに動いていないことが多いと思います。
自発的でないものには、力が入りません。とりあえずやっておくかという、やっつけ仕事になってしまいなかなかスキルも身に付かないものです。
もし、そのときはとりあえずだったとしても、最後まで終わらせたという事実があるのですから「できた」ことには変わりはありません。
けれど、そんな時こんな風に感じることはありませんか? 達成「感」や充実「感」がないと。
人間の厄介なところは、感情があることです。これがロボットならば「はい、仕事1つクリア」で済むところを、割り切れない感情が湧き出てきます。
「やりたくないのに、やらなければならない」という矛盾や、「興味もないのに、やらなければならない」という嫌々ながらの義務感が、いつまでも幕引きできないモヤモヤを増幅させてしまうのです。
そんなこと言っていたら仕事なんてできないとおっしゃる方も居るでしょう。もちろん社会人たるもの、そんなことばかり言ってはいられないのです。
大学卒業後、私はある商社に販売職として入社しました。新米であった当時の私は、目の前にある仕事よりも、遥か先の自分のありたい姿ばかりを焦って追い求めていました。売り上げが重視される販売職に就いていたのも影響していたのかもしれません。販売は売り上げを稼いでナンボです。実際にボーナスには自分の売り上げが反映されたし、終業後にはミーティングがあり、そこでは必ず一日の売り上げやトップセールスを上げた社員が発表されるのです。
初めは、来てくださるお客様に笑顔で帰っていただくことがただ楽しく、販売という仕事に私はのめり込んでいきました。来店してからお帰りになるまで、どんな風にお買い物をしていただくか。そんなシミュレーションをしていると、まるでロールプレイングゲームのようにお客様とのやりとりが面白くなっていきました。
実際に売り場に立つと、先輩たちの接客スキルから、またお客様からの声から、全身で受け止めることは数多くありました。毎日が学びの場で、実践の場でもありました。もちろん失敗してお叱りを受けたこともありますし、逆に励ましを頂くこともありました。
そうしていくうちに、接客のパターンのようなものが何となく分かるような気がしてきました。同じお客様ばかりを相手にするわけではないので、その方によって対応を変えるのは当然なのですが、ある程度、こうしたら、こうなる。そんな「型」が自分なりに身に付いてきた頃、私は自分の売り上げに敏感になっていきました。
まだ新米だった私は、先輩方に接客を助けられていることも多くありました。でも、自分にもできることは少しずつ増えてきていると感じていました。なので、ゲームでステージをクリアしていくように、自分が目指す姿へと進んでいくことが目標になっていったのです。その姿は、たくさんの顧客を持ち、トップセールスを上げている自分でした。ところが、この時の私が求めていたのは、お客様の笑顔というよりは、売り上げを上げて先輩や同期に認められることにすり替わってしまっていたのでしょう。
接客を楽しむというよりは、売り上げをクリアすることばかりが頭を占めるようになっていきました。商品発注のために倉庫へ行く時間すら、売り場にいる時間が少なくなると焦るようになりました。心ここにあらず、なのです。一生懸命だけれど、ガツガツしていて気持ちの余裕がなかったのです。同期の中でも売り上げを上げる方にはなったけれど、果たしてこの先には何があるのだろうと、空虚な気持ちに包まれることが多くなっていきました。熱中していた販売の仕事なのに、なぜがとてもつまらなく思えるようになったのです。
そんなとき、前に一度接客したことのあるお客様が私を訪ねてきました。有り難いことに私のことを覚えていてくださって、近くまで来たから寄ってみたとおっしゃいました。正直、私はこのお客様をすぐに思い出すことができませんでした。様子を窺いながらお話していくうちに、前回購入されたものを伺って、ようやく思い出すという有様でした。私は何だか恥ずかしくなり、母と同じくらいの年齢のお客様の話を聞いていました。
「この間買っていったバッグ、とても良かったのよ。迷っていたし、あなたが勧めてくれなかったら買っていなかったかもしれない。でもとても気に入ってね、持つだけで楽しくなるの」
そう言って、晴れやかに微笑むお客様の顔は輝いていました。私は、そんなお客様の顔をどこかバツの悪さを感じながら眺めていました。
お客様が満足して笑顔になること。それが私の望んでいたことだったと、居心地の悪さの正体に改めて気づかされたのです。
売り上げばかりに気を取られ、型どおりの仕事をこなしていた自分。
見た目には、愛想良くお客様に接していたかもしれません。けれど、私の「心」は動いてはいなかったのではないかと、ふと思い至りました。ルーティンワークをこなすようになぞっていただけで、私は初心を忘れてしまっていたのかもしれません。
私たち販売員は、お客様が気になった商品をただ売るだけでなく、それを持つことで笑顔になったお客様をイメージして、楽しさを手渡すという役割もあるのです。
「また来るわね」
そう言って帰っていかれるお客様の後ろ姿を見送りながら、私はしばらく考え込みました。この胸のざわめきは、何なのでしょう。売ることだけに注力してきた私に、お客様にとっての付加価値という言葉が浮かんできました。売ることイコール売り上げを上げるという、単純なことだけではないような気がしてきました。そして、自分の仕事に対しても型どおりの出来レース的なやり方じゃない、もっと自分の心が動くやり方を模索してもいいのではないかと思い始めました。
靴の発注のために、売り場から離れた倉庫へ行きました。そこには、たくさんの靴の在庫がずらっと並んでいます。それまでは、私にとって倉庫はただの「モノ」の山でした。急いで売り場に戻ることを考えていた私は、言われるままに欠品しそうなものを追加発注したり、新商品を多めに注文したりするだけで、細かく在庫を眺めて回ることもなかったのです。
改めて棚の間をよく見ながら歩いてみると、素敵なデザインの靴が埋もれていました。以前ちょっとだけ入荷していたけれど、しばらく眠ったままになっていたようでした。私は思い切って、その靴をいくつか抱えて売り場に戻り目立つ場所に置いてみました。すると、お客様が手に取り試しに履いてみたりする姿が目に入りました。
お客様の反応を見て、「面白い」と思いました。倉庫で日の目を見なかった商品が、お客様の心に刺さっているのです。今度は、注目してほしい商品の簡単な紹介ポップを作ってみました。デザインなど勉強したことのない私が作るのですから、ちゃちなものです。けれど、それを見たお客様が気になって商品を手に取ってくれると気合いが入りました。ちょっとしたやり方一つで、お客様に欲しいと思ってもらえるきっかけづくりができるのだと実感すると、今度は何をしようかと楽しくなっていきました。
売り上げのためにお客様を次々と「捌いていた」ときよりも、徒労に終わったとしてもお客様に向けてのちょっとした仕掛けを考えるときの方が、私は面白さを味わうことができたのです。そして、それでお客様が楽しんでくださったとき、より深い達成感を味わうことができたのです。
「やらされる」が「やってみたい」に変換し、やることの意味は、自分が仕事にどれだけの付加価値をつけられるかで変わるのだと気づくと、「つまらない」が「面白い」へと変わっていきました。仕事自体は変わらないのに、自発的な心の動きに従って行動することで、充実感や達成感に包まれていったのです。
とはいえ、私もその後転職し、その度にやはり「面白い」と「つまらない」を繰り返しました。自分の置かれた状況や人間関係の変化により浮き沈みを味わったし、苦手分野の仕事がやってきたときには面白さを見つけることが難しく思えたこともありました。努力しても空回りして、前は面白いと思えていたことがそうではなくなり、落ち込むこともありました。
しかし、そういったことに遭遇するたびに、私には経験という財産が残っていきました。積み重ねた経験によって、想定外のことが起こっても、ある程度のことは「そういうものだ」と割り切り対応していくことができるようになりました。
ところが反面、経験の重なりは「慣れ」を引き起こし、物事に対して「こんな程度」だと自分の物差しで決めつけがちになります。「面白さ」を感じるセンサーが鈍るような感覚です。そうなると、経験の範疇ではないことに対して、「面白さ」を感じるよりも「異物感」が強くなりました。そうなると、どうも守りの姿勢に入ってしまって面白さを探す邪魔をするのです。すると今度は「つまらなさ」がはびこっていくという塩梅なのです。
「面白い」と「つまらない」は、きっとコインの表裏のようなものなのかもしれません。
同じ物でも、どちらの側面を見るかの差なのでしょう。
そして、「面白い」と思っていたことが「つまらない」と思い始めたら、また一段階進化していく時期が来たのだと思います。「面白い」→「慣れ」→「つまらない」とバトンが渡ってきたら、また「面白く」感じるポイントを探して進み、螺旋階段のようにグルグルと上っていく。そんなイメージです。ときには休み、「よし!」と思ったら駆け上がる。きっとその繰り返しなのです。
4月から、新たに社会人となる人もいるでしょう。意欲に燃えるフレッシュな新人さんは、見ている側にもパワーを与えてくれます。
「こんなふうになりたい!」と目標を定めることは素敵なことです。それに向かって努力を惜しまず頑張る姿は、きっと周りも応援したくなることでしょう。
けれど、そこへ向かう道のりに残念ながら近道はありません。ゲームのようにワープも簡単にはできないのです。私も社会人を30年ほど続けていますが、相変わらず頭を打ったり、躓いたりすることがよくあります。だからこそ、自分にもそう言い聞かせているのかもしれません。けれど、自分にできることを面白がって探していくうちに、つまらないと思っていたことの中に意外な面白さが隠れていることもあると思います。
最近では、思いもかけないことに出会うのが面白いと感じるようになりました。自分がそのことに出会った意味を考えたり、物事を見る角度をクルクルと変えてみて、「もしこうだったら?」と想像したりするのは案外楽しいものです。
そうしていると、平凡だと思っていたことが裏を返せば安定感に繋がっていることに気づき、自分では当たり前だと思っていたことが人から見れば結構面白いものだと解釈が変化するのです。
きっと、「面白い」ことは、自然に転がっているものではないのでしょう。変わらない日々に、うんざりすることの繰り返し。そう思っていれば、「つまらない」に飲み込まれてしまいます。だからこそ、何かアクションを起こしてみてその化学反応を楽しんでみてはいかがでしょう。えー、ここにこんなものが!? とひょっこり「面白い」が顔を出したら、自ずと心が動き、体が動いていきます。
「面白い」と「つまらない」は、抜け出せない「無限」を表すメビウスの輪のように思えます。そしてその裏表を追いかけっこするのも、また面白いのかもしれません。
□ライターズプロフィール
今村真緒(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
福岡県在住。
自分の想いを表現できるようになりたいと思ったことがきっかけで、2020年5月から天狼院書店のライティング・ゼミ受講。更にライティング力向上を目指すため、2020年9月よりREADING LIFE編集部ライターズ倶楽部参加。
興味のあることは、人間観察、ドキュメンタリー番組やクイズ番組を観ること。
人の心に寄り添えるような文章を書けるようになることが目標。
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