ファミチキ家族
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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:石綿大夢(ライティング・ゼミNEO)
「ばあちゃん、唐揚げ作れないってさ」
弟が突然部屋にやってきた。
元々あまり感情が表に出ないタイプの仏頂面の弟が、泣いているような笑っているような、何とも言えない顔をしている。ただならぬ空気を感じて話を聞いた。
僕ら兄弟は、ばあちゃんに育てられた。
両親がいなかったわけではない。二人とも健在で、今でも元気だ。しかし二人とも教員で、共働き。二人とも朝は早く、夜は遅かった。僕ら兄弟は必然的に、近くに住んでいた母方の祖母といる時間が多かった。
祖母はとても料理上手な人だった。
一般的に“ばあちゃんらしい”ちょっとした煮物や具沢山な味噌汁、魚の煮付けなんかは絶品だったし、オムライスやハンバーグもお手のもの。リクエストすれば何でも作ってくれた。僕ら兄弟はそんなばあちゃんの料理が大好きで、いつもおかずを取り合ってケンカしたものである。
中でも、兄弟の争いが絶えない絶品おかずが“唐揚げ”だった。
衣はパリッとジューシーで、子供の握り拳ぐらいの大ぶりな唐揚げは僕らの大好物だった。
「今日は何が食べたい?」
と優しく聞いてくるおばあちゃんに、あまりにも僕らが毎回リクエストするので、一時“唐揚げ禁止令”が発令されるほどだった。
その料理上手のばあちゃんが、唐揚げが作れないという。いったいどうしたというのか。
「ばあちゃん、唐揚げの作り方、忘れちゃったんだってさ」
仏頂面の弟がそう言い放って、僕の部屋の扉を力無く閉めた。あぁもうそんなところまできていたのか。
ばあちゃんは、最近、物忘れがより激しくなってきていた。
初めは些細なことだった。
これまではメモなど持たず、きちんと必要なものを揃えてくるのに、必要な日用品の買い忘れが多くなった。
曜日を間違えてゴミを出してしまい、ご近所さんに咎められることが増えていた。
さっき洗濯機を回したばかりなのに、なぜかまた回している。
じいちゃん、つまりばあちゃんの旦那が亡くなって約2年。
最初は、まぁ年だしねぇと誤魔化していた忘れ物や勘違いはだんだんエスカレートしていき、ついにばあちゃんが得意とする料理の分野にまで、物忘れはやってきたのだ。
痴呆症。アルツハイマー症候群。
それがばあちゃんに下された診断だった。
それ以降、母は獅子奮迅の活躍をし始めた。
朝はそれまでよりも早く起き、僕らの朝食・弁当・夕食の簡単な仕込みを済ませ仕事へと駆け出していく。元々あまり料理上手な方ではない母は、毎日苦心しながら僕ら兄弟のご飯を作ってくれた。
全部手作りだったばあちゃんのようにはいかず、時にはスーパーのお惣菜や冷凍食品がそのまま食卓に並ぶことがあった。だが僕ら兄弟は文句ひとつ言わずにそれらを食べた。
もちろん争いが起きるほどではない。でもご飯を残したら心配をかけることになる。そう思って、ちょっと苦手なおかずでも頑張って口に放り込んだ。
ばあちゃんの唐揚げが食べたいなぁ。隠れて弟とそう言い合っていた。
しかしあの日、事件は起きた。起きてしまった。
「ごめん、今から帰るね。おかず買って帰るから、ご飯だけ炊いといてね」
仕事終わりで家に電話をかけてきた母の声は、何とも弱々しい力のない声だった。あぁ仕事大変だったのかな。そうは思っていたものの、当時の僕も弟もまだ思春期真っ盛りの少年で、何だかそんな母を気遣うことがどうしようもなく恥ずかしかった。
しばらくして母が帰ってきた。
食べ盛りの僕ら兄弟は、お腹ぺこぺこである。
おかず以外の準備はできていた。いつものように炊いた米と、インスタントのお味噌汁。あとは母親が買ってきたおかずを待つばかりだった。
そんな僕らの前に、観たことのある紙の袋が置かれた。
「ごめん、今日はこれで勘弁して」
目の前には、ファミチキが置いてある。
確かに、僕ら兄弟は鶏肉が好きで、唐揚げが大好物だけど。
ファミチキを……おかずにしろ、ってこと?
反射的に文句が口から出かけたが、目の前には疲れ切ってソファにだらりと腰掛けている母がいる。弟も同じ気持ちだったのか、僕と静かに目を見合わせる。
何かを決意したのか、弟は不自然に大きい声で「いただきますっ」と言い、ファミチキにかぶりついた。
僕もその空気を悟って、勢いよくファミチキとご飯を交互に口に運ぶ。
「意外にご飯に合うもんだねぇ」と兄弟で言い合いながら、インスタントの味噌汁で胃に流し込む。
キレイにお皿を空にすると、二人合わせて元気よく手を合わせた。
「ご馳走様でした」
だらりと体をソファに投げ出して、目を瞑って天井を見上げている母は小さく
「お粗末さま」とポツリと言った。
自分の未熟さ、至らなさを突きつけられた気分だった。
弟もきっとそうだったのだろう。いつもは自分のパンツさえ畳まなかった弟が、その日以降率先して家事を手伝い始めた。一方僕も、母が遅い日は見よう見まねで料理を作ったり、掃除をしたりした。仕事が忙しい父も、可能な限り家事を手伝った。
僕らはそれまでも当然家族だったが、ファミチキにかぶりつくことで本当に団結することができたのかもしれない。
それから数年後、ばあちゃんは亡くなった。
告別式を待つ親族の控室で、ばあちゃんの思い出話に花が咲く。話題は当然、好きだった料理だ。
僕ら兄弟、両親、叔母夫婦と従兄弟二人。その場にいた全員が即答で「唐揚げ!」と答えた。
レシピを聞けずにいたから、完全なる再現は無理だろう。でも僕ら、ばあちゃんの唐揚げで育ったものは、それぞれに最高の唐揚げを思い出している。
会場に移動しながら弟にこそっと聞いた。
「あのファミチキ、覚えてるか?」
「あぁ、あんなにご飯に合わないって、あの時知ったよ」
ぎこちなく苦笑いしながら、弟は焼香台に向かっていった。
***
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