夫が料理上手になった理由
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
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記事:宮村柚衣(ライティング・ゼミNEO)
私の夫は料理上手だ。
お出汁の効いた寄せ鍋、季節野菜の炒めもの、大根と豚バラ肉の煮物など家庭料理なら何を作っても美味しい。
しかしながら、出会った頃の夫は料理を全くしていなかった。
当時、夫は社会人5年目くらいだったと思う。
地元を離れ、東京で就職し、気ままな一人暮らしを送っていた夫は会社帰りに吉野家、松屋、すき家をローテンションして夕食を済ませ食後のゲーム時間が楽しみだったという。
学生時代はお金が無かったので、ロールパンにマーガリンを塗ってソーセージを挟んだ簡易ホットドッグやインスタント袋麺にキャベツをどっさり入れた簡易ちゃんぽんなど少々の自炊はしていたらしい。が、社会人になり自由になるお金も増えたため全く自炊しなくなったという。
そんな中、友人であった夫の狭い一人暮らしの部屋に私は転がり込んだ。
仕事終わりの深夜、北風が吹き荒れる中、総武線の黄色い電車に乗って新宿から夫の一人暮らしの家に向かった。
「どうしても家に帰りたくないから泊めて欲しい。理由は言いたくない。」
と、私はシクシクと泣いた。
私は意気揚々と就職した企業が、まっくろくろすけもビックリなブラック企業であることが判り途方に暮れていた。当時の私のプライドはヒマラヤ山脈よりも高く、27歳ニートから脱却するために就職した企業がブラック企業であったことが恥ずかしく友人や家族に話せず一人で悩んでいたのだ。
夫は困った顔をしながら「布団が1組しかないから」と、寝袋を取り出し私の隣で眠ってくれた。私はペラペラの布団に横になりながら、奇特な人もいるものだと思ったことを覚えている。
その後、私は夫の部屋から仕事に行くことが増え、私の私物も少しずつ堆積していった。徒歩1分の所にBOOKOFFがあったので、100円で再販されているコンビニコミックも大量に買っては部屋のあちこちにばら撒いた。
それはあたかも、ハムスターが巣をつくるように私は私の居心地のよいスペースをつくっていった。
そんな不安定な日常の中、ある事件が起こった。
夫の家に帰って来たら夕食があったのだ。
当時から夫は18時にはキチッと仕事を終わらせ、家には19時前には着いているタイプ。一方の私は20時に仕事を終え、21時に夫宅着が日常だった。
時間が合えば、近所の居酒屋で待ち合わせて一緒に夕飯を食べた。難しければ、お互い個別に夕食を買って食べていた。
当時の私達はお互いに束縛せず、好きなように生きていたように思う。
お互いに束縛しない代わりに責任もない。気楽な関係だった。
そんな、ある日。
帰ってきたら中華スープが用意されていたのだった。
水に鶏ガラスープを入れて、乾燥ワカメと卵を溶いた簡単な中華スープだった。白い湯気がホワホワと立ち上り、良い匂いがしていた。
外は寒く、空腹に耐えながら帰って来た私にとって、見慣れない100均の白いボウルに入れられた中華スープは凄く美味しかった。
「美味しい! ありがとう!」
嬉しそうにスープを飲み干す私をみて、夫は幸せそうに言った。
「クッキングパパに載っててさ。簡単そうだったから作ってん」
クッキングパパとは、主人公の子煩悩な中年サラリーマンが家庭や職場や学校の人間関係の中で料理の腕を振るう料理漫画である。一話完結型のため読みやすく、一話毎にその話に出てきた料理のレシピが挿絵と共に紹介されているのだ。
私はクッキングパパのコンビニコミックスが好きで、良く読んでいた。
クッキングパパのコンビニコミックスは、“スープ編”“カレー編”のように料理の分野別に再編されていたので余計にとっつき易かったのだろう。
夫は初めて作った料理が褒められて嬉しかったのか、それから、ちょくちょく簡単な料理を作ってくれるようになった。
その度に、私は「美味しい!」と、にこにこ笑いながら料理を食べた。
そして、引っ越しを重ねる度に調理器具が増えていった。
カレーを美味しく短時間で作れる圧力鍋やごまダレが一瞬で作れるミキサー、IHで使える特注の中華鍋。
調理器具が増える度に夫の料理の腕は上達し、料理をする頻度も増えた。
もちろん、私は「美味しい! 美味しい!」と料理を食べた。
子供が産まれたタイミングで離乳食にも手を出した。
夫は夕食を担当するようになり、私は食べたい夕食をリクエストするようになった。子供たちは夫の“ごはん”を食べ、すくすく育った。
「一番好きな“ごはん”は、夫ごはん!」
今では、そう豪語する子供たち。私の立場がないので外で豪語するのは私としては辞めてほしいが、夫は嬉しそうだ。
もう、おわかりだろう。
夫が料理上手になった理由、それは、クッキングパパという解りやすい教科書と料理を作ったら美味しく食べられたという成功体験だったのだ。
そう、だから、私は今日も「美味しい!」と、にこにこ笑いながら夫のつくる料理を食べる。
今日の夕食は鶏ムネ肉のミラノ風チキンカツレツだ。
綿棒で叩いて伸ばして薄くした鶏ムネ肉を揚げ焼きしたチキンカツレツ。外はカリッと香ばしく、中身はふんわり。パン粉に交じる粉チーズのコクがチキンカツレツの味に深みをだしている。
「夫くんのごはんって、本当に美味しいね!」と、私は今日も、にこにこ笑いながら夫のつくる料理を食べる。
そうかな? 美味しく出来ている? と、はにかむ夫であるが、私が嘘を言わないことを知っている。
思春期の娘とやんちゃ盛りの息子も、出来たてのチキンカツレツをサクッサクッと美味しそうな音を立てて「美味しい!」と、頬張っている。
夫はとても嬉しそうだ。
褒めれば褒めるほど子どもは伸びると言うが、夫も料理の腕も褒めれば褒めるほど伸びた。
褒め上手が3人に増えた我が家では、夫の料理の腕が益々磨かれていくだろう。