私にとっての、たて20センチ、よこ15センチ、高さ10センチ
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:島田 弘(ライティング・ゼミNEO)
1999年の正月。
テレビである芸能人が
「〇〇駅に日本一美味しいお好み焼きの店があるんだよ。
店名は言えないんだけどさ。オレが出禁になってしまうから…
おやっさん、気難しい人なんで。
店の特徴は、ドアが水色でヨーロッパな感じの外観。看板はないよ」
と言っていたのが、とても気になった。
今では「取材拒否のお店」という番組をやっているあの人だ。
私にとっての「お好み焼き」とは、小学生のとき、給食がなかった土曜日に
家に帰るとおばあちゃんが、刻んだキャベツを具に焼いてくれて、たっぷりのソースと鰹節、青のりで食べるもの。当時は紅生姜と干しエビが苦手だったので、
それらは入れずに。
私にとってはそのような食べ物であるお好み焼きに「日本一」などという大げさな評価をつけることに違和感を覚えたのだ。
その日、私はなんとなく、家とは反対方向の電車に乗り、終点である〇〇駅に向かって見た。
「見つからないだろうけど、探してみたいな」って思ってしまった。
駅に着いた。
着いたはいいが、持っている情報は
・水色のドア
・ヨーロッパな感じの外観
・看板なし
・お好み焼き屋さん
ということだけ。
駅前交番の警察官に聞いてみることも考えたが、いろいろとディープな情報を持っている「あのプロ」に聞くことにした。
タクシー乗り場で車外に出ているタクシーの運転手さんだ。
すると3人目の運転手さんが、「それは間違いなくあそこだよ。この道を真っ直ぐ、商店街に入って100メートルくらい」と教えてくれた。
「ここかな?」
駅から5分くらいのところに、水色のドアでガラス部分には、中が見えないように内側から布切れがかかっていて何も確認することができない、それらしき建物があった。
看板はない。
水色のドアを開けるのが怖くて、誰かが入店するのを待っていた。
そもそも、この時点では、ここが探しているお好み焼き屋かどうかも分かっていないし。
すると、日本一のお好み焼き屋さんを紹介していたあの芸能人と思われる人が一人で水色のドアを開け、中に入った。
「今入れば、ひょっとしたら隣の席とかで、話ができたりするかもしれない」
などと思いつつ、水色のドアを空けてみた。
外観とは違い、そこはログハウスのようだった。
ヒッピーのような風貌のおやっさんが、私を睨みつけた。
目ヂカラが凄い。
入り口で身体が硬直し、やっと出た言葉が「ひとりです」。
真ん中に大きな鉄板が1つあり、その周りを囲むようにカウンター席が10ほど。
座る場所を指定され、芸能人は私から一番遠い場所に座っていた。
鉄板の上には、あきらかに入店している人数とは合わない量の何かが焼かれていた。
大げさではなく、10センチくらいの厚さ。たて40センチ、よこ100センチくらいのなにかが焼かれている。
見た目、お好み焼きではない。
それを全員がジーッと見ている。
芸風としては、とてもおしゃべりなその人が、無言で座っている。
その山小屋の中では、鉄板から発せられている音以外、何もなかった。
焼かれている間に、どんどんお客さんが入ってきてあっという間に満席。
外には行列もでき始めているようだった。
店内を見渡すと、
1 私語厳禁
2 残さない
3 休まない(食べるペースを崩さない)
と書かれた紙を見つけた。
だから、誰も話していないのか。
緊張と鉄板からの熱で、汗だくの私の目の前に、ハケを使って、こってりドロドロのソースがたっぷり過ぎるほど塗られた、たて20センチ、よこ15センチ、高さ10センチくらいの物体が運ばれてきた。
「食べっ」
口に入れたそれは、初めての食感だった。
表面はしっかりとした硬さがあるのに、中はまるでアツアツの絹ごし豆腐。
ソースは辛くて甘くて、スパイシーだけどまろやか。
他では食べたことのないソース。
「うまい!」
私の、満面の笑みになっていたんだと思う。
「うまいか? 兄ちゃん、初めてだよな。ここ、どうやって知った?」
「あそこで食べておられるジモンさんが紹介していて、探しました」
「そうか、ありがとなぁ」
そして、また沈黙が。
私がほぼ食べ終わるタイミングで、私の左隣に座っていた男性2人組が、
「僕らもテレビを見て探したんです」
って話しはじめると
「食べる気あんのか。はよ食べや」と、おやっさん。
2人とも鉄板の上には、まだ半分以上残っていた。
「大きくて食べ切れない感じです」と言うと、
「じゃあ持って帰れ、箱代ももらうからな。もう来ないでくれな」
アツアツのお好み焼きを食べながら、全員が凍りついた。
あっという間に、その2人のお好み焼きが箱に入れられ、お土産用に変わった。
「はい、3,000円」
「えっ、ひとり900円ですよね?」
「途中でお土産に変更は1,500円」
不服そうに3,000円を支払った二人組。
そのタイミングで、私の目の前に。
「これ食えるな」と注文していない2枚目が。
2枚目も美味しくいただき、900円を支払った。
私の中で、お好み焼きと働き方の概念に変化が生まれた、おやっさんとの出会い。
それから、ちょくちょく食べに行くようになった。
ちなみに、お客さんを叱ったり、追い出したりは、ここでは特別なことではない。
その年の7月、猛烈な暑さのなか、おやっさんのアレが食べたくてお店に行くと、
水色のところに
「クーラー故障中」
という大きな張り紙が。
クーラーが故障していて、畳1畳分くらいの鉄板をフル稼働していたら、部屋の中はどんなことになっているんだ?
サウナだろうな。
想像するだけで恐ろしい。
それなのに、サウナの中でも、アレが食べたいという気持ちが勝り、山小屋の中に1歩踏み入れた。
「寒い」
ガンガンに冷房が効いてる。
きっと、冷房がない中でも汗だくになりながら、このお好み焼きが食べたいと思ってくれる人に、おやっさんは食べて欲しいんだな。
おやっさんと2人になったとき、
「昔はさ、看板を出して、バンバン売っていたこともあるんだ。人気が出て、儲かった。だけど自分が思うお店と真逆な方向に行ってしまってなぁ。だから今は、10人の新しいお客さんのうち、1人がまた食べたいってなってくれたらいいと思ってやってる」
って教えてくれた。
・お客様を選ぶ
・関係性を構築する
・商品、サービスのウリを明確にする
・自分のキャラクターをハッキリさせる
というのは、ビジネスをやる上で重要な要素だと私は考えている。
私のビジネス思考の原点って、おやっさんだったのかもしれないなぁ。
2007年、店を閉め、おやっさんは第二の人生、いや第三の人生を送るため南の島へ行ってしまった。
たまに店名をネットで検索すると、
「あのキャベツ、豚肉、イカ、タコ、春菊、が入ったお好み焼きが食べたい」って発信している人がいる。
水色のドアがなくなってから15年。
おやっさんと連絡を取れた人を私は知らない。
お店がなくなってからも、ずっと語られ続けるおやっさんとお好み焼き。
思い出すと、だ液の分泌速度が10倍くらいになった感じがする。
私も記憶に残り、何年も何十年も思い出してもらえるような、カラダが反応してしまうような、そんな人でありたい。そんな仕事を残したい。
***
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