後期高齢期のジェントルメンと合コンして書き換えた未来予想図
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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:赤羽かなえ(ライティング・ゼミNEO)
大人のバーベキューに行かない?
その響きが秘密めいていて、ときめいた。
指定された場所は、市内の中心から車で40分ほどの森。住宅街を抜けると大きな川が眼下に広がる。橋を渡って右折すると、舗装されていない砂利道に入り、100mほど走ったところでカーナビが到着を告げた。あたりを見回すと、倒れかけたフェンスに、あまざらしの看板がかかっている。薄くなった文字をどうにか読みとると、今日の会場で間違いないみたい。車を降りると澄み渡った青い空がまぶしくて少し早い夏を感じた。
本当に手ぶらで来てしまってよかったのかな。
誘ってくれた友人の好意に甘えて本当に手ぶらで現地まできてしまったけれど、彼女の車のハッチバックを開けると、今日のために用意した沢山の荷物が載せられていて、ちょっぴり申し訳ない気分になった。せめて荷物だけでも運ぼうとしたけれど、
「いいですよ! 手伝いましょう」
60代半ばくらいだろうか、優しい色合いのカラーシャツに、チノパン、ハンチングを被った男性が颯爽と現れた。
荷物を運ぶ彼についていくと東屋があった。周囲には、ハンモックやブランコ、木の上にはツリーハウスまである。見るもの全て目新しくてキョロキョロしながら歩いていると、
「おはようございます」
と声をかけられる。見ると東屋には他にハンチングの彼と同世代の男性が3人、火おこしをして、食材の到着を待ちながら、既にビールを飲んでいた。
私は、若干戸惑った。確かに声をかけてくれた友人は、この場所のオーナーであるMさんという方をはじめ、誰かが同席するようなことを言っていたけど、全員が男性で、かなり年上の方々だとは思っていなかった。パッと見た感じ、年齢は二回り近く違いそう……むしろ私の父の方が、年齢が近いはずだ。一日を一緒に過ごすのには、ちょっと苦手な世代だな……というのが第一印象だった。社会人時代の経験で、あの年代のオジサンたちは、自慢話か、ちょっとセクハラまがいの説教が多くてウザいと感じることがあった。この気持ちの良い空気の中でうんざりするような話を聞かされるなんてたまったもんではない。急に空気が重くなった気がした。
ところが、失礼なことを考えていたのに、その男の人達は私達のことを快く迎え入れてくれた。
「準備していますから、色々見たり、遊んだりしてきていいですよ」
その場は、男性3人に任せて出かけませんか、とオーナーのMさんに連れられて、近くにある彼の家についていった。
庭の木には、ユスラウメという小さな赤い実がなり、奥の方には鶏小屋もある。ユスラウメをつんで口にすると甘酸っぱさが広がった。子ども同伴だったら、彼らがつまむ分を取り上げてまで自分が食べようとは思わないけれど、今日は大人だけの時間だからそんなことを気にしなくてもいい。しばらくユスラウメをつまんだり、鶏の卵をとったりという時間を楽しんだ。
「Mさんのステンドグラスも見ていこうよ」
なんでも、Mさんは仕事を引退してから、ステンドグラスの制作を始めたそう。地域の美術展でも賞を取るという腕前らしく、その作品はどれも美しく、明かりがともると色づいた光が壁に反射して、いっそう幻想的にきらめいた。
一通り堪能して戻る時に、女子メンバーの一人が笑いながら言った。
「なんか合コンみたいだよね」
私達は苦笑した。確かに、20年くらい時間が戻れば合コンみたいだ。でも、相手の年の差的にはハズレだよね……そんなことを思いながら東屋に戻ると、男性陣は炭をおこしてバーベキューができる準備を整えてくれていた。
「野菜やお肉が焼けていますからどんどん食べて下さい」
そして、焼いている間も手際よく作業をしてくれる。自分が今までに出会ってきた父世代の人達とは全然違った。
食べながら、お互いの自己紹介が始まる頃には、だいぶお互いの雰囲気も良くなっていた。私達が自己紹介しても、彼らからは、途中で遮ることも、説教めいた言葉も出てこない。終始にこやかに話を聞いてくれて、とても気持ちのよい人達だった。
驚いたのは、彼らの自己紹介が始まった時だ。
オーナーのMさんだけ少し年が上で、その他の3人は同級生らしいのだが、3人のうち1人が、
「実は、我々、今年後期高齢者になります」
と言ったのだ。むしろ父より年上じゃん! 趣味やライフワークも料理から楽器演奏まで様々で、充実している姿を見ていると、10歳以上若く見えるし、小難しくて説教臭いという印象が見事に覆された。
「僕はね、色々な仕事をしてきて、仕事を引退した時に気づいたことがある。今までは、ずっとチヤホヤされて、自分の周りには沢山の人がいたけど、仕事を辞めたあとに、そういう人はね、みんないなくなってしまったんだよ。自分の存在価値は仕事をしているということだけだった。それで、うちの空いている土地を使って、人が集まってくれるためにはどうしようか考えて、この場所を作り始めたんです」
お金もないから、一つずつ全て手作りしているんです。Mさんははにかみながら言った。
「この東屋も、ハンモックやブランコ、ツリーハウスも、子供達が来るとすごく楽しそうに遊んでくれるから作ってよかったなと思っているよ」
彼らはきっと、会社を引退した時にひどく戸惑ったのだろう。父が引退した時を間近に見ていたからなんとなく想像がついた。今までは、毎日朝早く起きて、家族を顧みずに忙しく仕事をし、沢山の人に必要とされて誇りもあっただろう。それが引退すると強制的に、レールから外れてしまう。行く場所もなければ、話す相手もいない。周りにいた人たちも、仕事がからまなければ、もはや相手にしてくれないし、もしかしたら、奥さんにも邪険にされたかもしれない。
突然、社会からこぼれ落ちたのに、周りの景色はいつもと変わらない……自分以外は。そんな時間をもがいて、自分達の居場所や、やりがいを見つけた上の笑顔がまぶしかった。
彼らは、自分達の状況を受け入れて、しなやかに変わっていったのだろう。もしかすると、働いていた時には、小難しくて小うるさかったオジサンかもしれないけど、今や穏やかでフットワークが軽く、優しいジェントルメンだ。
後期高齢者になっても自分の夢や目標を見つけて、お金がなくても沢山の時間を使って、工夫しながら少しずつ自分達の手で生きがいを創り上げていく。
普段の生活の中で老人施設の送り迎えをよく見かけると、年を取ったら家族に「施設に行ってくれて助かるわ」なんて言われちゃうのかな、なんて思っていた。でも、極上の時間は自分の考え方次第でいくらでも作れるんだ。
父より年上のジェントルメンとの合コンは、私の未来予想図を大きく書き換えてくれた。
木漏れ日の中を、笑い声を乗せた気持ちの良い風が、吹き抜けていった。
***
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