呪いの連鎖、断ち切るのは今 ―3世代にわたる完食の呪縛を解け―
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記事:村田あゆみ(ライティング・ゼミ4月コース)
「食べ終わるまでそこにいなさい!」
定番のカレーライスだったけれど、いつもと違うルーを使ったからわざわざ味見までさせた。その時は「おいしいねー」と言っていたくせに、いざ食卓に出したらスプーンであちこち引っかきまわす姿にイヤな予感しかしない。
「いい加減にしろ。何のために味見したんだ」
心の中で毒づいた。そして予言する。
ほら、来るよ、来るよ。お口をモゴモゴさせて……。
出ました、本日は豚肉のすじが噛み切れないとのクレームからのチビすけの決め台詞、「食べたくなーい!!」
で、冒頭のセリフ。
また言ってしまった。それがどれほどつらいことかって嫌というほど分かっているのに、つい口から飛び出してしまうこのセリフ。食べ物を残すのは大罪なのだ。
学校給食の場面でよく見られる「完食指導」は、今でこそずいぶん改善されてきたけれど、ほんの十数年前までは当たり前にある光景だった。給食を食べ終わらないとお昼休みになれない。給食を残してしまってみんなの前で謝罪する。そんな記憶がある人もまだまだ多いはず。
けれど、私に完食指導していたのは学校ではない。食べ物を残してはいけないと強く言っていたのは母だったのだ。食べ終わるまで席を立てない。苦手なものは水で流し込んででも食べる。苦手な食べ物がテーブルに乗っている日は、いただきますの前から憂鬱な気分になっていた。
当時、仕事の関係でユニセフの難民支援に関わっていた母は、まもなく20世紀も終わろうというこの時代に栄養失調で死んでいく子どもたちにひどく心を痛めていた。「エチオピアの子どもたちは食べたくても食べられないのよ」が母の口ぐせ。それを聞くたびに、「食べ物があったって食べられないことだってあるんだよ」と心の中で反論していたけれど、それを声に出す勇気なんてあるはずもなく、胃の中からせりあがってくる吐き気と戦いながら、時にサンマのはらわたを、時にぴろぴろした薄っぺらいシイタケを流しこんでいた。
母と弟は好みが似ていたから、母にしてみれば家族なら味覚は同じだと思っていたのだろう。だから、なぜこの食事がそんなにまずいと言われるのか理解できなかったのかもしれない。いやいや、同じ環境に育っても性格が違うように食べ物の好みだって同じではないのだよ、お母さん。
今ならそう言えるんだけどな。
今なら母にそう言えるけど、私はわが子に母と同じセリフを投げつけてしまう。
頭ではわかっている。わかっているのに、子どもが食事を残すのを私は膨大なエネルギーを使わないと許すことができない。冷ややかな目でお皿を見つめながら、凍てつくような声で放つ呪いの言葉。それは、「もうおしまいにしていいよ」と伝えたい私自身の思いとは裏腹に湧き上がる怒りと妬み。私の中の葛藤が呪いに負けた証し。
涙を浮かべながらカレーを口に運ぶ息子の姿を冷たく見つめながら、心には罪悪感と敗北感が広がっていく。相反する自分にどう対処していいのか分からなくなる。
子育て暗黒期をさ迷っていた時に出会ったカウンセラーさんのおかげで、自分が食事を残すことへの罪悪感はずいぶん軽減されていた。けれど、母として子どもに向き合った時にこんな風に呪いがよみがえるなんて思いもよらないことだった。子育てを通して、自分の幼少期がフラッシュバックすることがあると聞いたことがある。完食の呪縛は、まさにそれなのだろう。
気づかぬうちにかけられた呪いは、思いがけない形で姿を現す。食べ物を残してはいけないなんて、ごく当たり前に言われる言葉が母からかけられた呪いになるなんて、私はもちろん、母だってゆめゆめ思わなかっただろう。おもしろいことに、弟も同じように食事のたびに「残すな」と言われていたらしい。けれど彼は、そんな言葉を意に介さず残したい時は残していたのだという。残してよかったのか。30年の時を経て明かされた真実に軽いめまいを覚える。
放たれた言葉を受け取るかどうかを、自分が選べばよかったのだ。そんな簡単なこととあなたは思うかもしれない。けれど、かつての私がそうだったように幼くて生真面目な子どもほど、親の言葉は絶対として受け止めてしまうものだ。大らかでわが道を行く弟とは、そこが大きく違っていたのだなぁ。
そして私は母と同じように呪いの言葉をわが子に放ち、呪いを連鎖させていたというわけだ。
子育てをしていると、ふとした時に無意識に受け継いでいる呪いに気がつく時がある。当たり前にやらなければならないと思っていたこと、それをしたら道を踏み外すと信じていることが、実は子どもの時に刷り込まれた小さな呪いだったりする。
「やってもいいし、やらなくてもいい。それを決められるのは自分だけ」
自分の人生は自分で創る。周りに何か言われたとしても、それを受け入れるかどうか決めるのはあなた自身なのだ。
「全部食べな、と言いたいけれど、食べるかどうかは自分で決めてね」
今度「食べたくなーい」callが発せられた時には、そう伝えてみよう。私の呪いは私で終わらせる。小さな選択の積み重ねが、自分の人生は自分が創っていくという土台になっていくのだから。
***
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