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いっそ事故にでもあえば会社休めるのに、と願った結果


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記事:よしかたよしこ(ライティング・ゼミ4月コース)
 
 
ガサッッ!!!
衝撃が走った。突然強い力に腕を持っていかれた。
真冬の夜道。左腕にかけて持っていたバッグが、背後から自転車で走り抜けてきた男の手に引っ張られている。
……引ったくりだ。
気づいた瞬間、バッグを必死に引っ張り返した。絶対に奪われてはならぬ。全身が前に持っていかれそうになる。長いように感じたが、多分一瞬の攻防。男はついにバッグから手を離し、そのまま高速で走り去っていく。急に手を離された反動で体が前につんのめる。ああ、男が角を曲がっていく……それを目で捉えた次の瞬間、顔面をコンクリートに打ちつけていた。
 
いつも通り、残業後の帰り道。大好きなビールも飲む気にならない。明日も6時起き。とにかく早く帰ってご飯を食べて寝たい。金融企業のシステム部門。安定稼働が使命。法令。ルール。リスク回避。ゴールのない仕事。
疲れていた。
会社を休みたい。でも仮病を使って休む勇気はない。……いっそ、事故にでもあえば休めるのに。
そう思っていた頃だった。
 
地面から起き上がる。大丈夫、頭は打っていない。でも、顔に傷ができている。ああ、前歯が痛い。手で触れる。……あ、折れてる。
電話だ電話、警察に電話。「あの……引ったくりにあいまして。実際は引ったくられてないんですが。場所は……」その後、母親に電話。悔しい、家まであと200メートルくらいなのに。
 
電話を終えると、急に震えが出てきた。怖かった。人気のない住宅街。近くのマンションのエントランスに座り込んで、泣いた。震えながら泣いた。ちょうど帰宅してきたスーツの男性が、気味悪いものを見るような目で私を一瞥し、マンションに入っていった。
 
しばらくするとサイレンを鳴らしパトカーがやって来た。母親と妹も様子を見に来た。
「救急車呼びますね」警察に言われたが、第三者たちが集まったことで冷静になっていた。怪我は顔の擦り傷だけだし、折れた歯は歯医者でないとどうにもならないし。もう帰りたい。だが、この後警察署で調書を取るからとりあえず病院に行けという。生まれて初めて救急車に乗ることになった。母親と妹は「大したことなさそうだね」と家に帰っていった。もっと心配してよ……。
 
病院に着いたが治療は顔の傷の消毒くらい。明日は会社を休んで歯医者に行こう。はっ、明後日は友達の結婚式だ。絶対に明日中に歯をどうにかしなければ。明日の最優先タスクは歯医者の予約。
 
明日の仕事の予定は。あ、委託先社員と朝一外部で打合せだ。担当者の携帯に電話。「夜分遅くすみません、先程引ったくりにあいまして、明日の打合せはリスケを……」「ええっっ!?」
はっ、会社を休むんだからまずは次長に電話だった。今抱えている仕事の状況も報告。
 
初診にかかった費用は警察が支払うことになっているという。初めて知った。通勤中の怪我だから、残りは労災がおりるはず、と言われた。そうか、出社したら申請方法を確認しなければ。
 
……なんか、私、会社休みたいと思っていた割に冷静だな。
 
病院の後、警察署に行き調書を取られた。強盗致傷被害になるということだった。男や自転車の特徴を聞かれたが、よく覚えていない。刑事ドラマのようにはいかないものだ。
バッグの指紋を取った。もちろん私の指紋もだ。警察のデータベースに私の指紋が載せられてしまった。
 
被害対象物の写真も撮るという。被害者の私が対象を指差す姿と共に撮る決まりらしい。バッグを指差すように指示され、写真を撮られた。ふーん、変なの。怪我をした箇所も写真を撮るので指を差して欲しいと言われた。口元に指を当てながら、折れた前歯を出してニカッと笑っているような写真を撮られた。なんなんだこれ。おかしくなってきたぞ。
家に帰れたのは夜中だった。
 
翌日なんとか歯は仮処置し、結婚式も無事参列。写真には、しっかり頬の傷が写ってしまったけれど。
月曜日に出社すると、皆に驚かれた。次長は「事件に巻き込まれた」と含みのある言い方をしていたらしく、皆もっと深刻なことを想像していたようだ。
 
出社してやるべきことは、労災の申請だった。調べてみると、多くの書類を作らなければならなかった。しかも、事故現場の地図を手書きで描かないとならない書類が6枚必要。なんなの? お役所、バカなの??
  
前歯は一旦仮処置をしたものの、隣の歯もダメージを受けているらしく、風が吹くだけで痛かった。しかも、そのうち神経が死んでしまったようで腫れ出した。前歯の神経が腫れるとどうなるか。ゴリラのように鼻の下が腫れるのだ。私はずっとこのままゴリラの顔になってしまうのかと絶望した。神経を抜いてもらって、やっと元の顔に戻った。
 
これが、「いっそ事故にあえば会社休めるのに」と願ったOLの末路だ。
おかげで、すごく冷静になれた。周りも心配して仕事を手伝ってくれたりした。だが、それも一時のこと。あっという間に元通り。バッグは守ったが、健康な歯を失い、トラウマが残った。
 
別に願ったから引ったくりにあったわけではない。平穏な生活が、突然全くの他人に暴力的に奪われることもある。だが、後から警察から聞いた話だと、途中で立ち寄ったコンビニの防犯カメラに犯人らしき男が映っていたそうだ。ボーッとしていたのか、そこから狙いを定められていたのだ。
「いっそ事故にあえば会社を休める」それが実現したところで、あとで面倒臭くなるのは自分だ。それだけは言える。もし、今あなたがそう思い、注意力散漫になっているようであれば、勇気を出して休んでください。自分自身で立ち止まってください。見知らぬ第三者に平穏を奪われる前に。
 
 
 
 
***
 
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