字が書けないひいおばあちゃんとのこと
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記事:野々山直美(ライティング・ゼミ6月コース)
私のひいおばあちゃんは、字が書けなかった。
大正生まれだったひいおばあちゃんは、幼い頃家がとても貧しくて、小さい頃に方向に出され、もらわれた家では学校に通わせてもらえなかったそうだ。
私が小学生の頃我が家は8人の大家族だった。
父、母、3つ上の姉、私、二つ下の弟、父方の祖父、祖母、そして、ひいおばあちゃん。
ひいおばあちゃんは、父方の祖母、いわゆる私のおばあちゃんにいじめられていた。
「いつまで食べているんだ」とか、何かひいおばあちゃんがしようとすると「違う」とか……。子ども心に、何かおかしいのは分かっていた。超がつくド田舎で兼業農家だった我が家は、両親共働きだったため、祖父母とひいおばあちゃんと畑に行ったり田んぼに行ったり、一緒に過ごすことが多かった。仲が良くないことは何となく分かっていたが、比較対象もないのでこんなもんなのか・・・と思っていた。
私は、なぜが祖父母に嫌われていた。姉は初孫だったから可愛かっただろうし、弟は待望の男の子だったから可愛かったのだと思う。私は、いてもいなくてもいいのではないかと思うぐらい、私だけおやつがもらえなかったり、なぜかげんこつで頭を叩かれて痛かったりしていた。悲しかったけれど、そういうものだと思っていた。父母は、仕事が忙しかったからそんなことは知らなくて、姉と弟は、私がそうされるのは当然だと思っていたように思う。
ひいおばあちゃんだけは、いつも私を怒らなかった。
だから、私はいつもひいおばあちゃんの所にいた。
ひいおばあちゃんはとっても働き者で、朝から晩まで畑にいた。祖母にに辛く当たられても、「おばあちゃんはきついな~」と私にちょっと困ったような笑顔で笑いかけた。お休みの日はだいたい祖母が台所に立つのだが、一度、ひいおばあちゃんが台所に立ったことがある。卵焼きを焼いてくれた。甘かったけど、すごくおいしくて、「直ちゃん、どう?」と。2人で笑いながらたくさん食べたこと、懐かしい。祖母は「甘すぎる。もう辞めて」など言っていたが、私は、どうしてそんなことを言うのかわからなかった。おいしかった。すごく、おいしかった。
小学校4年生になったある日、母から、ひいおばあちゃんとは血がつながっていないことを聞いた。亡くなったひいおじいちゃんの奥さんが早くに亡くなり、ひいおじいちゃんの目が悪くなった時に身の回りの世話をする人としてひいおじいちゃんがめとられたのだと知った。祖母とひいおばあちゃんは年が10歳しか離れていないこと。ひいおばあちゃんは学校に通っていなくて字が書けないこと。だから、祖母がバカにするのだということを知った。
正直、衝撃だった。字が書けない大人がいるということ。
信じられなかった。確かめたかったけれど、確かめることは失礼な気がした。
話せること、生活できることと、字が書けることは、クリスマスになるとサンタクロースが家に来るのと同じらい、ワンセットだと思っていた。大好きなひいおばあちゃんは字が書けないのに、私は字が書けるということが、何だか申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
10歳を過ぎると、私も少しませてきて、そこまでひいおばあちゃんにべったりしなくなってきた。ひいおばあちゃんは、私たち子どもが「飼いたい!」と言ってもらってきたけれど、だんだん散歩が面倒くさくなってきてしまった犬の面倒を、誰よりも見てくれていた。
雷が鳴って犬が怖がっていると、ひいおばあちゃんの近く連れてきてあげていた。
夕方になると、必ず、散歩に連れて行ってくれた。私は、そんなひいおばあちゃんがやっぱり大好きだし、すごいと思うようになった。
父も母も、気付いていたのかもしれない。
ある日、ひいおばあちゃんの離れが出来た。ひいおばあちゃんの部屋には、ひいおばあちゃんのベッドと、テレビが置いてあって、ひとりで過ごすことができた。祖母から離れて暮らせる離れは、ひいおばあちゃんにとってどれだけ安心だっただろうかと思う。
私は、休みの日の日中はほとんど、ひいおばあちゃんの部屋にいた。
3人兄弟の中で、なぜか一人浮いていた私は、見たいテレビも姉、弟とはいつも違って、ひいおばあちゃんの部屋だと好きなテレビを思いっきり見ることができたし、私が何をしていても口出しせずにいてくれてとても居心地が良かった。
中学3年生になったある日、父と母が仕事を辞めた。選挙に出るためだという。戦況は厳しくて、一票でも欲しい。そんな状況だったことが15歳ながらにわかった。ある日ひいおばあちゃんが「直ちゃん、字を見てほしい。教えてほしい」と言ってきた。見るとそこには、平仮名で父の名前が書いてあった。「わしも、選挙に行こうと思う。あっとるかな?」と。選挙に落ちたら、家の生活がどうなるかは想像がついて私はすごく不安な毎日を過ごしていた。ひいおばあちゃんの字は、全部、ひらがなで、線は震えていて、私の漢字練習帳の一マスには収まりきらないぐらい、大きかった。でも私は言った。泣きながら言った。
「上手だよ、大丈夫だよ……」
ひいおばあちゃんが92歳で亡くなってから、もうすぐ15年。
字が書けなくても、勉強ができなくても、私にとっては家族の中で一番立派で、いつまでも大切な人だ。いつまでも忘れないよ。
ひいおばあちゃん、ありがとう。
***
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