メディアグランプリ

一皿じゃ足りなかったんですか?


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記事:小矢(ライティング・ゼミ)

 

 

「一皿じゃ足りなかったんですか?」

ふいに言われて、私は瞬間固まった。

 

 

場所は中野ブロードウェイの手前から一本脇に入ったところにあるお好み焼きの小さなお店。追加でもう一枚注文したとき、店員の男の子から言われた言葉だ。

 

ちなみに、中野ブロードウェイとは、JR中野駅北口から続く中野サンモール商店街の先にある商業施設だが、アニメ、漫画、サブカルチャーといったお店が密集し、小さな秋葉原とも言われている。しかし、秋葉原よりずっとずっと深く濃い雰囲気。中野駅北口付近一帯は、色濃く昭和を残している。

 

おもちゃ箱をひっくり返したような中野駅周辺に、私は1年に1回くらい行くだろうか。なんとなく歩いているだけで楽しいし、懐かしい気分が心地いい。そして、小説になりそうな個性的な人々が行きかっているのも想像力をかきたてる。特に行く用事もないのだが、たま~に、すごく行きたくなるのだ。

 

私の誕生日の一日前。8月14日だった。

誕生日を祝おうと、友人と二人、久々に中野へ行き、この店に入ったのだ。

 

 

あなたは、広島風お好み焼きを食べたことはあるだろうか。

 

薄くのばした小麦粉の生地に、キャベツなどの具材をのせ、別に焼いたそばと卵を合わせて焼くお好み焼きで、私はそこに、イカ天をトッピングするのが大好きだ。ソースは必ず甘いおたふくソース。これは絶対だ。

 

薄くクレープのような生地、甘く蒸し焼きされた大量のキャベツ、まわりがカリッとなるくらいに香ばしいそば、押しつぶされたイカ天、そして卵。最後は甘めのソースで全体を一つにまとめあげる。

 

ああ、これこれ。う~ん! 美味しい!

広島風お好み焼きは、日本最高のB級グルメと思う。私は広島とはなんら関係ないけれど、時々、無性に食べたくなるのだ。

 

今日は誕生日の前日。無礼講といこう。ということで、ビール片手に女二人、広島焼きを食べようということになったのだ。

 

そこは初めて入ったお店だった。あてもなく中野ブロードウェイをさまよった後、「たまには、お好み焼きが食べたいなあ」との私の一言から、急きょ決まったのだ。

 

店は、雑居ビルの2階にあって、かなり歴史を感じさせる店内だ。

 

とりあえず広島焼きスペシャルを1枚注文。店員の男の子が持ってきてくれる。1枚1,000円前後。けっこう大きいけれど、二人でシェアして食べる分にはたいしたことはなさそう。

 

私と友人は、久々のお好み焼きに日本人に生まれてよかったね~、などとたわいもないことを言いながらあっという間に完食したのだった。

 

いや~、美味しかった!

それなりにお腹は一杯になったけれど、まだ食べられそう。なんせ、一枚を二人でシェアしたのだ。

 

お好み焼き2枚目へ行くか、鉄板焼きやつまみ系へ行くか。B級グルメは奥が深いなどと言いながら、二人で相談する。

結局、今日はお好み焼きを極めようということになり、店員の男の子を呼んだ。

 

「すみませ~ん。定番の広島焼きをもう一枚お願いします」

 

 

「一皿じゃ足りなかったんですか?」

 

 

 

一瞬、彼が何を聞いているのか、その意図をつかみかねた。

 

注文したのだから、答えは「はい」なのだが、

もしかして、私たちは相当な大食いなのだろうか?

だから、驚いて彼は聞いたのだろうか?

 

 

この店では一皿を二人で食べることが普通で、二人で二皿(つまり一人一皿)は珍しいとか。だから店の人が心配したのだろうか?

う~ん。何て答えればいいんだろう。

 

とりあえず、ここは大人の対応をしておこう……。

「ここのお好み焼きがあんまり美味しいから、もう一枚食べたくなって……」

 

注文するのに、なんだか言い訳めいていたが、彼はそれ以上何も言わず奥へひっこんだ。

 

 

「ねえ、ねえ。今の質問どう思う?

私たち、大食いすぎるのかな」

 

私は早速友人に聞いてみる。

 

「う~ん、微妙な質問の仕方だったよね。お好み焼き2枚が大食いとも思えないけどねえ」

 

 

 

5分後、例の男の子が新しい広島焼きを持ってきた。

 

 

そして言うのだ。

 

「一皿じゃ足りなかったんですか?」

 

???

 

私は我慢できず聞いてみた。

 

「この店では、二人で二皿頼むのは珍しいんですか?

私たち、食べ過ぎかしら? 」

 

「あ、いいえ、え~と、いえ、夕食なら1枚食べる人もいるし、食べない人もいます……」

 

どっちなんじゃ。

 

彼はそんな質問を受けると思っていなかったらしくドギマギしている。

 

よくわからない会話はそこで終わった。

 

 

 

「多分、彼なりに、新規の客と仲良くなろうとしたんじゃないかしら。

十分お腹一杯になりましたか? という意味じゃないかなあ。

逆質問に彼もびっくりしてたじゃない」と友人。

 

「そうだね~。彼、愛想いいし、頑張って働いていたよね。

コミュニケーションとろうとしていることだけは伝わったけど。」

 

お好み焼きも美味しかったし、男の子も愛想よく一生懸命働いていた。

だけど、大食いと思われるのもイヤなので、これ以上注文しにくいなあ。

 

 

「ビール2杯とお好み焼き2枚、合計2,600円です」

私たちは早々に店を出た。

 

私たちが、本当に大食いだったのか、

彼なりのコミュニケーションだったのか。

それは正直、今でもわからない。

 

ただ、こんなやり取りも含めて中野の魅力。

 

やはり、ただではすまない、ディープな世界なのだった。

 

 

***
この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加いただいたお客様に書いていただいております。
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2016-08-19 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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