父と魚釣りと私
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記事:鈴木喜勝 (ライティング・ゼミ6月コース)
「無駄なことはやるな。意味のあることだけやりなさい」
父は無駄なことが嫌いだった。
無駄なこと、意味のないこと、価値のないものを嫌った。
公務員というお堅い仕事に就いていたことも関係するのか。はたまは元々の性格がそうなのか。とにかく無駄なことはするなという教育方針だった。
ゲームをしていたりすると「ゲームで飯が食えるようになるか! 勉強しろ!」と怒った。
旅行に行く際、準備をだらだらしていると「さっさと支度しろ!」と怒られた。
とにかく、無駄な時間を過ごしたくないという性格の男だった。
そんな父が愛したものがある。それは、釣りだった。
休みがあれば、よく釣りに行こうと誘われた。
しかし、父に連れられて行く釣りは苦痛だった。何せ、魚が釣れるまでそこでジッとしていなければならないからだ。幼い頃の私は、魚はまだかな、いつ釣れるのかな、と竿を上げたり下げたり、または竿で水面を叩いてみたり。すると、父に「魚が逃げるだろうが!」と怒られる。
魚を釣るという行為の9割が、無駄な時間なのだ。
魚を釣るという目的のために、釣り人はただジッと時間を無駄にしなくてはならない。
無駄なことが嫌いな父が、どうしてこんなものを好きになるのか、よくわからなかった。
「父さん、釣りって退屈だよ」
ある時、父にそう言った記憶がある。そういうと、父は私にこう教えてくれた。
「魚が考える時間を与えてくれたと思えばいい」
そんなこといわれても、退屈なのは変わらない。糸を垂らせば、絶対に魚が釣れるならいいのに。考えることなんて、釣りをしなくたって家で出来るのに。そんなことを幼いながらに感じていた。そして、父は一体何を考えているのだろうと思った。けれど、べらべら喋っているとまた怒られてしまうので、しぶしぶ魚が釣れるのを待っていた。
時が経ち、こんな自分にも、子どもが出来た。
結婚なんて一生出来ないだろう。子どもなんて夢のまた夢。1人でいる方が楽、なんて思っていたのに不思議なものである。赤ん坊なんて、保育士という仕事をやっているものだから死ぬほど見ている。今更どんな感情も起きないだろうと思っていたが、妻に似た息子の姿はとても愛おしい。小さなベッドに寝転んで、まるでおにぎりみたいなまん丸の顔を真っ赤にして、ミルクをくれー! お前じゃなくてママにあわせろー! と泣いている子どもを見ているとニコニコしてしまう。
しかし、同時に不安も募るばかりだ。嫌でも今後起こりうるであろうことに、頭がいっぱいになる。
この子の発達が遅れてしまったらどうしよう。小学校でいじめられたらどうしよう。引きこもりになってしまったらどうしよう。
元々ネガティブな人間なので。この子に起こりうる嫌なことばかり考えてしまう。考えれば考えるほど、頭の中でその思いはぐるぐるとうごめいて行き、頭を抱えてしまう。
真夜中、お腹いっぱいミルクを飲んで、すやすやと眠るわが子を見ていると、ふと思うのだ。
もしかたら、父親も今の自分と同じように、こうして赤ん坊頃の自分を見ていてくれたのかな。そして、自分と同じように、悩み、考えたくもない嫌なことを考えたのかな。
だから、父は釣りの中に「考える時間」を求めたのかもしれない。
海。心地よい潮風、遠くでゆっくりと進むヨット、太陽の光を浴びてきらめく波、海の底に覗かせる魚の影。
川。木々の擦れる音、鳥のさえずり、岩に当たって変わる水流、飛び跳ねる小魚。
悶々と家の中で考えるのでなく、大自然の中で爽やかに悩みたかったのかもしれない。
今、こうして自分も1人の父親になると、なんとなくだがそんな気がしてならない。父も、今の私と同じように、1人の悩める人間だったのだ。この年になって、やっとそのことがわかった気がする。まだまだ子どもで、何にも出来ない若造だが、父親としての自覚は、どうやら芽生えているようだった。
私の息子がもう少しだけ、大きくなった時。私も彼と一緒に釣りに行きたいと思う。
そして、晴れ晴れとした空の下で、この子について悩み、考えたい。どうせ悩んだり考えたりするならば、その方がいいに決まっている。
結局何が言いたいのかというと、釣りは良いよということ。
あんなに退屈だった釣りは、今ではとても好きなレジャーの一つだ。まだ本格的には道具を揃えていないが、いつの日か息子と一緒に釣りを楽しみたい。強いて言えば「無駄な時間なんてないんだよ」と、息子に言ってあげられるのがベストかもしれない。
釣れた時はもちろん嬉しい。釣れない時は、ゆっくりといろんなことを考えたらいい。
魚がくれた貴重な「無駄な時間」を、たっぷりと堪能して欲しい。
そういえば、父の教えてくれた言葉。
「魚が考える時間をくれたと思えばいい」
これは、『老人と海』を書いた作家、アーネスト・ヘミングウェイの名言だということを知ったのは、もう少しだけ大人になってからだった。そういえば、私が読書好きになったのも、父の影響だった。
父とは衝突してばっかりだったが、なんだがいろんな影響を受けていることは間違いなかった。
『老人と海』は、老いた漁師が主人公の話だ。老いているが、力強く、生きる希望に満ち溢れた男の物語だ。久しぶりに、古典にでも手を出してみるかと思う。その老人の姿に、父の姿を思い浮かべるかもしれない。
***
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