そのような夜の誘惑に、あらがう術をわたしは持たない
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記事:西部直樹(ライティング・ゼミ)
ほほう、そのような、
なかなか、よいではないか。
ここは、これか。
あそこは、それか。
それは、それは、気持ちがよさそうだ。
病みつきになるかもしれない。
夜だけでなく、朝も、求めてしまいそうだ。
わたしはパソコンの画面を見ながら、
その時のことを思い浮かべ、しばし陶然となる。
いやいや、いかん。
遊びに行くのではない。
仕事だ。
仕事なんだ。
仕事は辛い。
だから、ちょっと余録があってもいいだろう。
ふふ。
夜遅く、仕事部屋でわたしが思い巡らせ、ニヤけていると、
妻が勢いよく扉を開けて入ってきた。
パソコンの画面を見られたら、危ない。
Facebookのタブを押す。
画面にはFacebookのページが表示される。
何を見ていたのか知られたら、まずい事態になるところだった。
「何をしているの?」
「今度の出張とか、週末の準備とか、まあ、そのようないろいろを……」
「そう、あのさ、明日、わたしぬいぐるみオフだからさ、明日はいる?」
「ああ、明日は週末の準備日だから、いますよ」
「じゃあ、子どもたちの食事よろしくね」
「はい! わかりました。オフ会楽しんできてね」
「そう、まあ、盛り上がるからね、ふふふん」
彼女は、言いたいことだけをいうとでていった。
よかった、気がつかれなかった。
来週は岡山のとある市へ出張である。
出張は、辛い、
一人で遠くまで出かけ、
一人で泊まり、
一人で仕事をこなし、
一人で食事をし、もちろん、
一人で眠る。そして、
一人で起きて、
一人で……。
わたしはセミナーの講師を務めている。
出張では、
朝から研修をして、夕方に終わる。
その繰り返しである。
前日に移動し、翌日、翌々日と仕事をして夜に帰る。
仕事中は気を抜く間もない。
だから、前泊の夜には仕事への英気を養い、仕事が終われば安らぎを求めるのは、
いたしかのないことというか、当然の成り行きというか、必然の要求である。
そのようなことは、残念ながら、我が家では無理だ。
仕方ないではないか。
我が家では、求めても叶えられないのだから、
外に求めるしかないだろう。
それを咎められるいわれはない、と胸を張りたいが
いささか後ろめたい。
今回の出張も、いいのを見つけた。
出張の夜が楽しみである。ぐふふ。
思わず下卑た笑いが漏れてしまう。
いやいや、仕事に行くのだから、それは楽しみだけれど、それは二の次だ。
いや、三の次ぐらいにしておこう。
でも、一番の楽しみである。
出張の日、わたしは少し早く家を出た。
仕事に行くのだから、妻は疑うこともない。
丁寧に「いってらっしゃい」と送り出してくれる。
そして「もったいないから、つまらないお土産は入らないわよ、提灯とか、ご当地キャラメルとか」
と念を押すのも忘れない。
お土産探しは、嫌いではないのだがなあ。
羽田の出発口近くの電源テーブルで軽く仕事をする。
古いけど24時間戦えますか、ではないが、わたしはいたって真面目なのだ。
真面目に仕事をしながら、まずは、ホテルに着いたら、さっそく……
と想像があちらの方にいってしまうのは、致し方ない。
あれは、どんな感じだろうか?
今回の出張は、はじめての地である。
楽しみだ。
各地に、その地方の美人がいるというではないか、
そのようなことが、脳裏をよぎると、鉄の集中力も少し豆腐くらいになってしまうのは、致し方ない。
ぼんやりしていたら、搭乗時刻だ。
飛行機の中では、主に落語を聞く、落語の間や話運びなどなど、勉強になるのだ。
落語そのものも面白い。
笑いながら、やはり今夜のことが思い浮かぶ、ああ、楽しみだ。
さっき「美人」、なんて単語を思い浮かべたものだから、いやもう、妄想が暴走気味だ。
ホテルは、仕事先に近い、いたって実用本位のビジネスホテルである。
無駄な装飾や華美な装いはない。
ビジネスパーソンに安らぎと明日への活力をあたえる。
それだけを目的としたホテルである。
フロントでわたしは、抑えきれず聞いていた。
「何時から、大丈夫なのかな」
フロント係の男性は、そのような問いには、馴れているのだろう。
にこやかに説明をしてくれる。
「午後5時からなら、いつでも大丈夫ですよ。ご用意しています」
隣の女性スタッフもにこやかにうなずく、これはいい感じだ。
そうか、今は4時半、着替えをしたら、早速いこう。
心がはやる。
部屋に入り、はやる気持ちを抑え
荷ほどきをし、パソコンを立ち上げ、明日の仕事先の場所と時間を確認する。
もちろん、仕事優先だ。そう、仕事が大事だ。
仕事が大事なので、仕事をこなす体も、精神も大事にしなくてはならない。
ふふ、そうだ。とっとと片付けて、行こう!
はやる気持ちを抑え、一人でむかう。
そこで待っていてくれるのだ。
入ると、わたし一人だった。
ふふ、今の時間は独り占めできるのだな。
いささかの興奮を抑えることができない。
着ているものを脱ぎ、身ひとつになる。
何かをまとうのは、失礼というものだ。
今は、わたし一人だけなので、何を隠すことなく堂々と入っていく。
まずは、身を清めよう。
それが礼儀というものだ。
頭を洗い、顔を洗い、体を洗う。
隅々まで清浄になったところで、
静かに向かう。
そっと撫でれば、
手がしっとりと濡れる。
そして、
ゆっくりと体を滑り込ませる。
暖かさに体が包まれる。
全身が熱さに喜びの声を上げる。
「ああ~、極楽極楽!」
独創性のない嘆声がもれる。
温泉に肩までつかり、手足を伸ばす。
移動の疲れが、全身から融け出してゆくようだ。
大きな湯船にひとりいると、なぜだろう、あることがしたくなる。
そうなのだ、そっと湯の中に潜り、腕を伸ばしてスイと
泳いでしまう。
湯から顔を出すと、他の客も入ってきた。
そろそろ上がるとするか。
出張先のホテルは、出来るかぎり温泉付きのところにしている。
近頃では、そのようなビジネスホテルはけっこうあるのだ。
前泊の夜、一日目の終わりに、時には朝風呂を浴びて、
疲れを癒し、英気を養い、さっぱりして仕事に向かうようにしている。
狭く小さな部屋のユニットバスより、遙かに体と心が安まる。
温泉、温泉とそのようなところばかり探していると、仕事に行くのか、何をしに行くのだと、妻に問い詰められかねない。だから、密かに探すようにしているのだ。
今回のホテルの温泉は、素晴らしかった。
肌に効能ありとか書いてあったな。
この温泉はつやつや肌の美人になれるのだ。
肌も艶やかになったためか、仕事も充実していた。
出張から帰ると、妻がわたしの顔を見て、不審そうに聞いてくる。
「あなた、出張に行って、なんか肌の具合よくなっていない?」
「ふふ、今回のホテルには、いい温泉が付いていたのだよ」
「あら、よかったわね。わたしの時も、温泉付きにしてね」
来月は、妻が同じところに仕事に行く。
もちろん、同じところを予約しましたよ。
いやあ、それにしても、仕事って幸いだなあ、おっと、横棒が一本多かった
いやあ、仕事って、辛いなあ……。
***
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