年内に解体が決定している1939年の木造建築に思いを馳せる
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記事:福島かざり(ライティング・ゼミ8月コース)
この世界に生きる誰しもに、大切な存在があるだろう。しかし、それらは手にしている間は当たり前のような存在で、失って初めてその大切さに気づく……という経験は、大なり小なり誰にでもあるのではないだろうか。
恋人や家族はその典型で、「別れてから初めて彼の大切さに気づいた」「両親が生きている間にもっと親孝行をすれば良かった」などはよく耳にする話だ。人はどうして、手にしている間に、大切な存在を心ゆくまで大切に扱うことができないのだろう。
私が暮らす鹿児島でも、そんな風に大切にされてきたものが失われようとしている。
1939年に建てられた「旧藤武邸」は空襲であたり一面焼け野原になった鹿児島市で、戦火を免れた数少ない木造建築物である。設計には京都の職人が関わり、藤武という名前から、建物内には「藤の花を模した欄間」や「武(竹)を使った柱」など凝った装飾が多数存在。職人の技術の高さと思いやりの心が伺える。現在の貨幣価値に換算すると、建設費用は3億円以上。2013年には登録有形文化財に指定され、現在は一般にも開放されている。
私が旧藤武邸について知ったのは、SNSで友人がシェアしていた解体決定のニュース。建物を所有している団体が諸般の事情から、旧藤武邸を解体し、同じ土地に別の建物を建築する予定だという。ニュースによると団体は「建物を残す方法を6年間探したが見つからなかった」とコメントしているらしい。そうした経緯で、年内に解体される見通しだ。
ニュースは夕方のテレビでも流れ、SNSでは賛否両論。いや、取り壊し反対を求める声の方が多いか。私の友人の中にも取り壊し反対を求めて実名で声を上げる人や、嘆願書を集める動きも出てきている。
人々が上げる声の中には「歴史的な建物を壊すなんて文化の衰退だ」「戦火に耐えた建物を壊すなんて」といった怒りの声だったり、「膨大な維持費が必要」「良い建物だが管理、運営できる人がいない」といった悲しみの声だったり。
いずれにしても、「この建物は私が買い取ります」というお金持ちが出てこない限りは、このまま解体されてしまうのだろう。ちなみに、噂によると自分のものにするには6億円以上が必要らしい。
さて、そんな様子を傍目に私は何を思ったかというと、
「ここで声を上げているのは、何か大切なものを失った経験がある人達なんだろうな」
恋人、家族、ペット、家、財産。一体何を失ったかは定かではないが、人生の中で何かを失くし、それによって傷を負った人が、これから鹿児島が辿る未来を心配しているような気がする。
しかし、6億円なんて大金持っているはずがない。私程度でもこの問題にちょっとしたムズムズを感じるのだから、本気で訴えている人にとっては、想像できないくらいの歯痒さだろう。
その歯痒さ、一体どんなものなのか知りたくて、先日、現地に足を運んでみた。きっかけは、友人の展示のお知らせ。「毒にも薬にもならなかったとしても」というタイトルで、建物に対する自分の思いを綴った彼の思いに刺激されて。そして、うっすらと自分の内側に芽生えつつあった「この建物を生で見たい」という素直さに従って。野次馬心がなかったといえば、嘘になる。まあ、それも素直さの内ということで。
結論から言うと、建物は光の入りが美しく風の通りが心地よい。いつまでも滞在していたくなるような空間だった。
日中はまだまだ真夏の暑さが残る鹿児島。エアコンはついていなかったと思うが、開けっぱなしの窓から入る風がどこから逃げるかをきちんと設計されているようで、暑いは暑いのだが、嫌な暑さじゃなかった。田舎のじいちゃん家の縁側で感じるような、特有の気持ちよさがあった。
よく手入れされた庭を見渡せる開けっぱなしの窓に、現代のようなアルミサッシは一つもなく、全てが木製。細い木を組み合わせた繊細なガラス戸は、最早アート作品と評価しても良いのでは。その他、木材を編んだような天井も本当に美しかった。
その中でも一番印象に残ったのは、玄関を入ったところの床板である。玄関を入って靴を脱ぐと、まず迎えてくれるのは畳。その次に床板へと続くのだが、これがとても独特の踏み心地だった。単に柔らかいわけではなくて、冬の寒い日に凍った水たまりを踏んだようなパキパキとした感覚。
どうしてだろう? と気になっていると、足を運ぶきっかけになった友人が教えてくれた。昭和初期の人々は、現代の私たちのように板間に慣れていない。さらに、足の裏の感覚もずっと敏感だった。それに配慮してまずは畳で出迎え、いきなり硬い板間に通すと足が驚いてしまうから、凍った水たまりのようなパキパキとした踏み心地で足の裏を慣らしてもらい、そうして奥の板間へと案内していた……というのである。
この話を聞いて、私は当時の職人の優しさに打ち震えた。どれだけおもてなしの心があったらその考えに辿り着き、どれだけ修行を重ねたらその考えを実現できる技術が身につくのだろう。
友人も言ったが、現代ではまず再現できない。大学教授や一流の建築家が「旧藤武邸を取り壊したら、同じものは二度と造れない」とコメントしていた理由を生で、自分の足の裏で実感した。
展示も終わりの時間になり、名残惜しく建物を出た時、私の体は旧藤武邸がこれまで積み重ねてきた美しさをベールのように纏っていた。この感覚はきっと、旧藤武邸が取り壊された後も、私の中で生き続ける。
大切なものほど、失ってからでないとその価値に気づけない。その辛さを知っている人が取り壊し反対の声をあげているのかもしれない。
とはいえ、失うことで新しく入ってくるものも確かにある。それに期待している人が取り壊しに向けて動いているのかもしれない。
旧藤武邸が生き残るのか、消えていくのか。私はとても中途半端な立場から語っているが、今後も定期的にあの美しいベールを纏える機会が与えられたら、それはとても幸せなことなのだろう。だが、その本当の価値に気づくのは、きっともっと後のことである。
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