お寿司の世界に現れたレディーファーストな外国人転校生
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記事:笹尾和代子(ライティング・ゼミ8月コース)
「日本に生まれてよかったぁ」
わたしにはそう思う瞬間がいくつかある。
そのうちの一つが、お寿司やお刺身のサーモンを食べているときだ。
サーモンに出会ったのは、確か小学校の高学年だったときのことだと思う。
家族の誕生日のお祝いかなにかで寿司の出前をとった中に、そのサーモンはいた。
柔らかいオレンジと白のしましまがつやつやして、美味しそうだった。
初めて口にした時の衝撃は忘れがたい。
口に入れて噛んだ途端にサーモンの脂と酢飯が爽やかに旨みを作り出し、ふわっとサーモンの香りが広がった。
「なにこれ! 美味しいよ! もっと食べたい!」
今まで食べていた鮭とは違う美味しさに一人で大興奮していた。
マグロもハマチも卵焼きも美味しいが、この時からわたしの好きなお寿司・お刺身のナンバーワンの座にはサーモンが君臨し続けている。
スーパーでお刺身を買うとき、どんなに美味しそうなマグロやハマチが入っていようとも、そこにサーモンがなければ意味がない。
むしろ、サーモンだけのお刺身を買うことに至福の喜びを感じる。
その時の心の中は、「サーモン、サーモン! わーい!」である。
完全なるサーモン馬鹿だ。
しかし、30年程前までは生の鮭を食べることはなかった。
突然、サーモンはわたしの日常に現れた印象がある。
調べてみると、サーモンは海外で養殖技術が発展し、生で食べる習慣ができてから日本に持ち込まれたらしい。
鮭とサーモンは別物だった!
たしかに、初めて食べたサーモンは普段食べていた鮭よりも脂がのっていた。
養殖に成功してくれてありがとう! 生で食べられるようにしてくれてありがとう!
そして、お寿司にしてくれてありがとう! と高らかに言いたい気分だ。
サーモンは回転寿司の好きなネタ上位に入ることが多い。
わたしだけではなく多くの人に好かれているらしい。
なぜこんなにも多くの人の胃袋を掴んでしまうのだろうか。
やはり一つには味だろう。
適度に脂がのり、柔らかな旨みと甘さを感じさせて、子供でも食べやすい。
もう一つには、その鮮やかな見た目があるのではないかと思う。
赤と白と、時々茶色や黒のお寿司の中で、柔らかいオレンジと白のしましまの見た目は華やかさ満点だ。
華やかさは、女性や子供の心をつかむ要素になる。
そして、わたしはまんまとその戦略につかまってしまったのだ。
きっと、寿司達の間では、サーモンは突然現れた外国人転校生のような存在かもしれない。
その転校生は金髪に青い目のイケメンで、スポーツ万能で秀才。
レディファーストな仕草で学校中の女子の眼をくぎ付けにして、瞬く間にその心をつかんでしまうのである。
学校中の男子は焦ったことだろう。
でも、転校生と喧嘩をすることなく、転校生の物腰の柔らかさを見習って自分たちも女子から慕われやすいように切磋琢磨した。
そして、今や回転寿司屋さんは、女性だけで気軽に行ける店になっている。
サーモンには、アスタキサンチンやビタミンB12、オメガ3系脂肪酸といった美容や健康に良い栄養素も含まれている。
どこまで女性に優しい食材なのだ!
ただし、美しいものにはトゲがある……。
サーモンにとってのトゲとは、寄生虫のアニサキスだろう。
アニサキスは、ひとの体内に入ると胃や腸の粘膜に潜り込み激しい痛みを引き起こす。
その痛みは、想像するだけでもとても痛そうだ……。
トゲが刺さるよりも痛いにちがいない。
ただ、そのアニサキスは自然界の食物連鎖の過程でサーモンの中に取り込まれる。
天然のサーモンにはアニサキスがいる可能性があるが、養殖されたサーモンは自然界の食物連鎖に入っていないためアニサキスがいる可能性は極めて低い。
日本で流通するサーモンの多くは養殖されたものなので、お寿司やお刺身も安心して食べることができるのだ。
まさに、養殖サーモンはトゲのない薔薇ではないか!
こんなにレディーファースト精神にあふれたサーモンだが、老舗のお寿司屋さんには置かれていないことが多いそうだ。
やはり伝統を大切にする世界では、まだ新参者のサーモンはお寿司として認められにくいらしい。
グローバル化が進み、少しずつ国境や地域の隔たりなく交流が行われるようになってきている現在、伝統的な寿司の世界にもグローバル化が起きてくれないだろうか。
いや、待てよ……。
老舗のお寿司屋さんに置かれるようになると、そこに通うマダムたちもきっと虜にしてしまうだろう。
そうなれば、サーモンの価値が上がり、高嶺の花になったりはしないだろうか……。
そんなことになるぐらいなら、このまま庶民のアイドルでいてほしい!
回転寿司屋さんやスーパーで出会って、気軽に楽しめる今が一番いいような気がする!
と、サーモン馬鹿は想像豊かにサーモンの行く末を考えている。
さぁ、今日は金曜日! 一週間頑張った自分にちょっとしたご褒美をあげよう!
「サーモン、サーモン! わーい!」
***
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