失われた色気を求めて
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記事:石渡悠起子(ライティング・ゼミ)
色気ないねえ。
本当に、よく言われます。
32歳、女です。
通称、小さいおっさんとも呼ばれています。
色気ないねえ。
その言葉は、だいたいお酒の席で、男性から いただくことがほとんど。
そんな時、「なんでですかねー、とほほ」なんて言ってかわすのだけど。
本当は、わたしはその答えをとっくに知ってる。
自分で色気を消したから。
色気なんて、出るわけないに決まってる。
20代前半のころ、学業が本当にきつかったからか故郷から遠く離れた外国での暮らしが辛かったのかなんなのか、わたしはひどい頭痛もちだったうえ、なぜか体のあちこちが痛くて痛くて毎日泣いていた。
西洋医学の偏頭痛の薬も飲んだし、ホメオパシー、鍼治療などの、様々なナチュラルな治療法も、なんでも試してみた。
それでも、何かあたらしい治療法を試してみた次の日も、朝起きるとまた体が痛くて絶望してよく泣いていた。
黒歴史なんていう言葉があるけど、このころの記憶や思い出を頭の中で思い出すと、本当に黒いトーンがかかったような色がついている。
そんな黒い時代に、わたしはとあるカイロプラクティックに通っていた。
海外旅行保険が聞くからという理由で選んだ病院だった。
何度か通ううちに彼氏いるのか聞かれたり、プライべートなことを沢山聞かれるようになった。
美容院みたいに世間話もサービスのつもりなのかな?と思ったけれど、何と無くいやだった。
だって美容院は明るい部屋にいろんな人がいる中で、鏡ごしに椅子にすわって美容師さんもお客さんも話をするけど、その治療院では、個室でわざわざ照明を薄暗くした中で、お客さんのわたしは寝そべって話を聞いているけど、話かける施術者の顔は見えない。そして、向こうはわたしの体を触る仕事だ。
繊細かもしれないけど、20代前半の小娘のわたしはとにかく何と無くいやだった。
それでも、保険の使える病院が近くになかなかないので、あまり深く考えないようにして通っていたらどうやら間違った風に受け取られたようで、ある日わたしの足とお尻をほぐしている時に、「いい尻だな」と言われた。
そこで、通うのをやめればよかったのに、当時あまりにセクハラに免疫がなくて鈍いだけだったのか、自分の体の面倒を見てくれる人がそんな下世話だってことをわたしのハートが認めたくなかったのか、なぜかもう一度行ってしまったのだった。
再び行った、ここでの最後のセッション。
向こうは、わたしにも下心があると思っているので、さらに下品な冗談を言われた。
なんて言われたかは、びっくりすることに覚えていない。
きっとあまりに気持ちわるかったので脳みそが忘れてくれたのだと思う。
ただ、その言葉を聞いて、ほぐしてもらってるはずの体が一瞬で硬直したあの感じは一生忘れないだろう。
それでも、その下品なジョークの後でわたしも当時の彼氏に相談したら、ものすごい怒られ、もうそんなところに行かなくていいと言われた。
おめでたいようだけど、そこでやっと鈍い自分も「これはおかしいことなんだ」と思うことができたのだった。
それから3年くらいしてから、わたしはとある自然療法の治療家に出会った。その頃には学生時代にいろいろ試した自然療法のおかげで、体の痛みも減ってきていたので、ますますオルタナティブメディスンと呼ばれる分野に興味が強まっていたこともあり、彼に出会った時も、いいご縁だと素直に思った。
その人のうつ鍼は非常に元気が出たし、体の痛みはまたますます楽になるようだったので、この鍼師にも機会があれば施術をしてもらうようになった。
わたしは信頼できる人にやっと出会えたと思って、あれこれ相談もするようになった。仕事のこと、友人のこと、恋愛のこと、なんでも。
しかし、あるときのこと。
人前に出る仕事にいずれ就きたいと思っているなら、もっと女性性を解放したら良い、みたいなことを言われた。
「そっか〜、じゃあどうしたらいいですか?」と朗らかに言うと、いい方法があるよ、と裸のおっぱいを揉まれたのだった。
しかし、素直なわたしは、この時も鍼師にもみもみされながら「うーん、すごく年の離れたおじいさんにおっぱいを生で見られてる上に揉まれて、すごく嫌なんだけど、女性性の解放のためにはしょうがないのかなあ」となんとなく押し切られてしまったのだ。
でも、時間が経つほどに「あれ、あれってもしかして……ただのセクハラだったんじゃないかな?」と思うようになった。
おそるおそる。自分が被害者だって思いたくなくて。
そのうち風の噂で、その人のところで同じような目にあった人の話を聞いた。「あ、やっぱりそうだったのか」と思った。
そして、この時のことは思い出したくないこととして、蓋をするようになった。
そうして、当時の素直で、もしかしたら色気もほんわか出てたかもしれない小娘のわたしは、ただもう頼んでもいない相手に性の対象で見られるのがだんだん面倒くさくなって、必死で女らしいと思われそうな感じのものは殺すようになった。
どうしたかというと、わたしはひたすらおっさん化したのだ。
何か下卑たことを男性に言われても負けじとさらにジョークで返し、とにかく動揺のそぶりなんて絶対ださないように見せた。
誰かに気遣いをするときも、女子力アピール!みたいな感じでなく、努めておじさんぽく、明るくするようにした。
最初は半分キャラ作っているみたいな感じだったそんな自分のリアクションも、何年もするとだんだんそれが板についてきた。
そして、30代手前にさしかかり日本に戻ってきた頃には、はっきり言って、笑えるくらいもてなくなっていた。
けれど、男性でも安心して心を開ける友人も何人かできたし、
女性は、わたしが男性と親しく話していても嫉妬する人が激減したので(小さいおっさん相手にやきもち焼いてもしょうがない)、これはこれで暮らしやすくなったと思っている。
それに、一番びっくりすることは、若いころ散々施術者のセクハラに泣いたわたしが、なんとヒーラーのおじさんと結婚したのだ。
そんな過去の自分のトラウマを人間の形にしたような男と何のこだわりもなく健やかに結婚できるくらい、時間はすっかりわたしを立ち直らせてくれていたようだ。
それにしても、だいたい、色気ってなんだろう。
デジタル大辞泉には、人をひきつける性的魅力や愛嬌などと書いてある。
おそらく、男性でわたしに色気がないと言ってくる人は、この意味で使っていると思う。
でも、性的魅力や愛嬌のあるなしを、何でわたしは恋人ではない人にいちいち教えてもらわなければいけないんだろう。
だって、考えてみたらかつての恋人たちには一回も言われたことなかった。
でも、それはあたりまえだ。
恋人たちは、わたしの何がしかを良く思わなければ付き合わないだろうから。
それなのに、付き合ってもない男の子たちに限って、何でいちいち色気あるだのないだの教えてくれるのだろう?
なんで、女の人=性的対象として見ていることを伝えてOKと決めつけているんだろう。
それに、なんで彼らが良いと思う女性の価値観を、何の疑いもなく勧めてくるのだろう。
現に、大勢で飲みに連れ立った帰り、たまたま帰る地下鉄の方向が一緒になった友達に、道端で力づくで、無理やりキスされたことがあった。
何するの!と怒って突き飛ばしたら、「じゃあお前何で誘うんだよ」と言われた。
もしかして色気がないと伝えてくれる彼らは、わたしが彼らを男性として気に入ってるって決めつけてるのかもしれない。
既婚の小さいおっさんになった今。
小さいおっさんみたいな女でも、そばで可愛がってくれる人がいるなかで。
最近は、わたし自身のなかでの色気の定義は、「うふふと笑える自己肯定感」かもしれないな、なんて思えるくらい、肩の力がぬけてきた。
他人からみた評価でなくて、自分が自分を可愛いと思えるかどうか。
今からでも、かつて蓋をしてしまった色気を、そっと開いてもいいかもしれない。そんな風に思います。
色気ないねと言ってくるボーイズにも。
おっぱい鍼師にも、暴言プラクティショナーにも。
勘違いした友人にも。
色気の蓋をもう一度見つけて開けたあとに、わたしは彼らに言ってみたいのだ。
「女にだって、色気をお見せする相手を選ぶ権利がありますよ。」
なんなら、ウィンクもつけて。
***
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