フロンティアP
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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:信行一宏(ライティング・ゼミ2月コース)
「そこっ! とめてください!」
「だめだ、無理だ! 入らない!」
灼熱の大地の上で2人の男たちは走り回っていた。水分補給など意味がないと言わんばかりに、大粒の汗が滝のように流れ出ている。目の前には、甲高い声で鳴き続ける、あの獣たちがいた。どうしてこんな事になったのか。
その場所には、ある獣が多く生息していた。その獣たちは、ときには静かに忍び寄りながら、ときには大きな唸り声をあげながら、人間たちに近づいてくる。その獣たちは、男たちが右手に持つ赤く光る剣を見せると、途端に静かになり、か細い声で鳴き始める。しばらくすると、ギラリと光らせていた両目を閉じ、おとなしくなる。その獣たちは人間にとって大切なパートナーとなっていた。人間たちは、その獣に乗って世界中を旅することができるからだ。男たちの仕事は、そんな獣たちを上手に飼いならすことだった。
手順は簡単だ。獣がやってきたら、すぐに赤い剣を振り回し、獣を牽制する。獣の動きが止まったら、剣を指定の方向に向け、その剣が示す方へ獣を追いやっていく。白い結界で囲まれたその方向へ獣を追いやると、借りてきた猫のようにおとなしくなる。いや、おとなしくなるというより、完全に沈黙する。獣たちが沈黙すると、獣に乗っていた人間が降りてくる。あるいは1人で、あるいはカップルや家族で。獣から降りてきた人間は、男たちには気づかない。まるでそこには誰もいないかのように。そんな、単純で地味で誰からも感謝されないルーティンが男たちの仕事だった。
しかし、今日の仕事は何かが違う。そもそも、獣の数が多すぎる。一体何が起きているのだ。もはや結界には入り切らない。いつもの仕事場は、戦場と化していた。
「もう、これ以上は本当に無理です!」
小太りの男は叫ぶ。もはや悲鳴に近かった。
「なんとかしろ!もうじき、この波も収まるはずだ!」
背の低い男は祈りにも似た言葉を口にする。祈りは神には届かないのが常である。
そして、事件が起きた。
「早くしろ! 間に合わないじゃないか!!」
黒くて大きな獣に乗っていた一人の人間が、獣に乗ったまま大声で怒鳴り声をあげた。その怒号は明らかに男たちに向けられたものだった。いつもは気付かれもしない男たちだが、こんなときだけ人生のスポットライトがあたってしまう。
「申し訳有りません。順番にご案内していますのでもうしばらくお待ち下さい」
背の低い男は、さらに背が縮んだのではないかと思うほど、腰を低くして、怒鳴り声をあげた人間の相手をした。獣の世話だけで手一杯なのに、人間の世話なんてやっていられるか、という本音は、汗と一緒にどこかに行ってしまったかもしれない。身長を縮めた甲斐があったのか、少しだけ怒鳴り声は小さくなった。
背の低い男の願いが神に通じたのかはわからないが、段々と獣たちの暴走は落ち着いてきた。先程怒鳴り声をあげた男が乗っていた黒くて大きな獣も、ようやく空いた白い結界の中に収まって、今は静かに目を閉じている。その獣から人間の家族がおりてきた。
「きょうの運動会楽しみだね!」
人間の子どもは無邪気に言う。
「間にあってよかったわ。パパが寝坊するから……」
人間の女は笑いながら、“パパ”と呼ばれた―先程怒鳴り声をあげていた人間―を見ながら言う。
「寝坊した分、今日は頑張るぞ!!」
“パパ“は先程までの人間とは別人のように、はしゃぎながら言う。
もはや、その人間たちには、男たちの姿は見えていない。その人間の家族を少しだけ見送って、男たちはまた、赤く光る剣を振り回し、獣たちを誘導していった。
その戦場の名前は、『駐車場』。男たちの仕事は『駐車場の誘導員』。獣たちの別の名は『自動車』。
これは、日本中どこにでもある光景である。ひとたびイベントが開催されれば、男たちは安全と快適のために、灼熱の太陽の下でも、凍てつく雪空の下でも、必死に働く。男たちが感謝されることはない。しかし、その男たちのおかげで現代人が快適に自動車を使うことができている。だれもが気づかないふりをしているのだ。いや、気づいていても、男たちの働きが“あたりまえ”過ぎて、なんの感情も動かないのだろう。
ここまで、お読みいただいた読者様にはもうわかっているだろう。この仕事が、“あたりまえ”であることがいかに難しいかを。そして、その“あたりまえ”を守るために必死に戦っている男たちの存在を。
今日もどこかで、あるいはどこでも、男たちは戦っている。称賛もされず、ときには罵倒に耐えながら、人間たちの快適と安全を守るため、今日もひたすらに、戦っている。
***
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