メディアグランプリ

冬に出会い、夏に別れる


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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:小松鈴(ライティングゼミ2月コース)
 
 
5月31日夕方。私は最低限の着替えや日用品をスーツケースにぎゅうぎゅうと詰め込んで車に乗せた。最後に愛猫のくるみをキャリーケースに入れ、不安そうな顔をしている彼女に「行こうか」と声をかけ、玄関の扉を開ける。
 
鍵をカチャリとかけた瞬間、ここは私の家ではなくなった。
 
30歳のときに付き合い始めた人と38歳で結婚して、41歳で離婚した。
「はぁ?」と言われそうだが、事実だから仕方ない。
彼とは雪が降る1月、ハローワーク主催の職業訓練の場で出会った。はじめは話をすることもなかったが、席替えで隣になり、お互いマンガ好き、ディズニー好きということが分かって話が盛り上がった。
3ヶ月の講座が終わった日の夜に彼からメールが来て、「今度一緒にごはんでも」と誘われた。私としても憎からず思っていたので、会うことになった。帰り際に告白された。スピード展開に少々戸惑ったが、まあ悪い人ではなかったし、私自身もフリーだったのでお付き合いすることになった。
会えばどこかでごはんを食べ、笑いながら話をする。ときには映画を観に行き、水族館や、唐揚げの聖地・大分で食い倒れの旅をしたこともある。毎年1回、ときには2回ディズニーリゾート(九州在住なので、旅費が半端なく高い)にも行った。
いい人だった。年下だったけれど、私よりよほど頼りがいがあったし、ケンカというケンカをしたこともなかった。
 
付き合って数年経った頃から、親に度々「結婚の話にならないの?」と聞かれた。
結婚ねぇ……。私も彼も結婚願望がないので結婚話は出なかったし、ましてや彼は正社員の就いていなかった。冬の間はノリ漁業のバイトをして、それ以外はカードショップでバイト。もちろん実家暮らしの「子ども部屋おじさん」だ。結婚なんて……。
そんな矢先に、プロポーズされた。いま考えれば「なんで今!?」とツッコミどころ満載だが、ディズニーリゾートでのプロポーズという、夢のような出来事にまさにディスニーのキャッチコピー通り「魔法がかかって」しまい、OKしてしまった。
 
両親に紹介したが、バイト生活の彼と今すぐ結婚はできない。就活に専念していたが、高校に行っていないのがネックとなり、職探しにはずいぶん苦労していた。私は障害を持っているので、フルタイムで働けない。よくもまあ、結婚などしようと思ったものだ。
彼がようやく正社員の仕事を見つけたのは、親も「いつになったら出ていくの?」と呆れていた2年後の秋。ようやく婚姻届を提出した。お金がない上、コロナが大流行していた時期だったので、親戚にお披露目もしなかった。
 
あれ? と思ったのは、結婚して1ヶ月経つか経たないかの頃だった。何かこの人、おかしい。性格が変わった。付き合っていた頃は怒った顔など見たこともなかったのに、ちょっとしたことですぐに爆発する。仕事が予想以上にきつく、拘束時間も長いので、疲れていたこともあったのだろう。
彼はロジカルなものの考え方をするので、口下手の私にはうまく反論ができない。かろうじて言い返しても、倍返しで責められる。だんだん彼と話をすることが怖くなった。
少しでいいから家事をお願い、と言ったとき「家事をするくらいなら仕事しとくよ!」。
彼が休日で、私が会社から帰ったらぶすっとした顔をするので、理由を聞いたら「もう帰ってきたのかと思うとげんなりする」。このふたつの言葉は一生忘れられない名言(迷言?)だ。繰り返しだが、新婚ホヤホヤ、1ヶ月前後の話だ。
だんだん彼のモラハラはひどくなっていった。ここで実際に言われたこと、されたことをあげ連ねても読者は気分が悪くなるだけだろうから書かない。ただ、腸が煮えくり返るほどの怒りや、全身から血が出るような悲しみでおかしくなりそうになったら、風呂とトイレを掃除した。家の中で唯一ひとりになれる場所がそこしかなかったし、家事をしていれば彼は文句を言わなかったから。泡洗剤をそこら中にブシュブシュと吹きかけ、ゴシゴシと力いっぱい風呂場の床を磨く。トイレはクリーナーで隅の隅まで磨き上げ、壁も丁寧に拭き上げる。家のトイレと風呂場だけはいつでもピカピカだった。
 
限界を感じたのは、パニック障害を発症したからだ。身体が「もうムリ」と訴えている。
彼がいない間に荷物と猫を連れて、逃げ出した。後に実家を訪ねた彼に、精一杯の勇気で「離婚してください」と告げた。
そこでようやく現実が見えたのだろうか。
彼は必死になって今までのことを謝罪した。受け入れなかった。
「全部自分が悪かった」と言われた。受け入れなかった。
「もう一度だけチャンスをください」と言われた。決して受け入れなかった。
 
LINEや電話、ときには直接家に来る。そのたびにパニック発作が起こるのを目の当たりにして、まだ分からないのか。声を出してもパニック発作が起こるひどい時期だったため、手紙を書いた。今まで思っていたこと、もう限界だと感じたこと、絶対にあそこには帰らないこと。
彼も手紙を書いてよこした。仕事に疲れて八つ当たりしていたこと、自分の言った通りに行動しない私に苛立っていたこと、もう一度やり直したいこと。この「文通」が、付き合っていた期間も含めた11年間で、最もお互い本音を言い合えた時かもしれない。
 
別居して1年半の冬。出会ったときと同じように雪の降る寒い日、彼は離婚に同意した。
彼は男泣きに泣いていたが、私の目はさっぱりと乾いていて、むしろ心のなかではバンザイしていたくらいだ。
彼の最後の優しさは、私の仕事が決まるまで離婚届を出さなかったことだ。
パニック障害を患ったせいで仕事を辞めたため、「扶養に入っているから、その間の保険は払わなくていいでしょう? この間に仕事を見つけなよ」と言ってくれた。もしかしたら、その間に私が心変わりするかも、と期待していたのかもしれないが、純粋な親切だったと信じている。
夏真っ盛りの日、婚姻届を提出したときと同じように、ふたりで離婚届を提出し、笑顔で別れた。
家に帰って愛猫に「離婚しちゃったよー」と報告したとき、はじめて涙がこぼれた。
彼もいま、泣いているかもしれない。そう思った。ようやく、思えた。
 
結婚3年。そのうちの1年半は別居していたから、実質結婚生活はたった1年半足らずだ。親戚にお披露目しなくてよかったね、と親と苦笑しあった。離婚してもうすぐ1年。あれだけ憎くてつらくて仕方がなかったのに、いまはその激情をほとんど思い出せない。当時の日記には毎日恨み節を書いているけれど、それを読んでも「そんなこともあったね」くらい、遠い日々になった。
 
離婚した原因を聞かれると「夫のモラハラでー」と笑って答えている。しかし、すべて彼が悪いとは思っていない。口下手でもなんでも、言い返せばよかったんだ。支離滅裂でも、必死に話をしていたら理解しあえたかもしれない。離婚の原因の半分は私のせいでもある。
3組に1組が離婚しているという現代。残念ながら私たちもそうなってしまったが、結婚したことに関しては後悔していない。確かにたくさん泣いたし、苦しい思いもしたけれど、同じくらい笑ったこともあったのだ。
もう私の人生に関わることのない人へ、「ありがとう」と「元気で」と心の中で告げる、春。
 
 
 
 
***
 
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2023-04-13 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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