メディアグランプリ

「わかるわからないの海」にゆらゆら浮かぶ私たち


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:まつもとみう(ライティング・ゼミ2月コース)
 
 
近しい人のことさえ、何もわかっていなかった。
わかると思っていたことでも、一瞬で遠くへ流されて、見えなくなる。わからなくなる。
「人と人とが完全に理解し合うことは不可能である」
そんな当たり前のことに、体の真ん中に隙間風が吹くように寂しく、竦んでしまった。
 
最近、3年弱付き合った恋人と別れた。
遠距離恋愛でなかなか会えなくなり、もともとぴったりと合っていたわけでもない価値観が徐々にずれていき、気付いた時には大きな溝になっていた。
努力ですり合わせようにも、距離を考えると難しかった。
 
別れを告げられた時、恋人は「俺は、誰とでも上手く付き合っていけると思う」と言った。
どんなに価値観が合わなくても、彼は私のことだけを大好きだ、ということだけは信じていたのに。その一点さえ、わかっていなかったのか。
過去の思い出の風景が蘇る。隣にいるのは、私でなくても、よかった。
 
こんなに長く付き合っていたのに、彼のことをわかっていなかったんだなと思うと、悲しくなる。
そもそも、私は彼の何をわかっていたんだろう?
人が人を「わかる」ことなんてできるのだろうか……?
近くにいたはずの恋人が、こんなにも遠くにいたのかと、呆然とする。
 
後日、相談に乗ってもらっていた友人に、別れ話のあらましを話した。
自分で説明しているはずなのに、口から出た瞬間、言葉はなぜか嘘みたいに空虚に響く。
「違う、そういうことではないんだよ」と思いながらも、物語は私の口から発し続けられる。
あった出来事としてはそうだけど、本当は、そうじゃない。
友達は、「ひどいね」「別れられてよかったね」と言ってくれる。
自分で話していることなのに、「なんだかわかってもらえないなあ」と寂しくなる。
 
わかっていると思っていたことが、実は全然わかっていなかった。
わかって欲しくて伝えている言葉なのに、上手く話せずに、わかってもらえない。
私はいつの間にか、「わかる」と「わからない」の大きな波に飲まれて、溺れて息ができなくなっていた。
 
きっと、私たちは「わかるわからないの海」に、ひとりずつ、ゆらゆらと浮かんでいるんだと思う。
波に揺られてたまたま近くに浮かんで、仲良くなったりするが、どれだけ近付いても決して重なることはない。
 
それでも、私はどうやってもわかりあえない他者に向けてロープを放ち続け、誰かの投げたロープを手繰り寄せる。
そのロープは、様々な形をしている。
会話や小説、詩、音楽、目線、あいづち。様々なコミュニケーションで、他者と近づこうとする。
ふとした瞬間にそのロープの両端を持つことのできた二人の心は、瞬間的に通いあう。
 
私は大人になった今では両親と仲が良く、先日も2泊3日でうちに泊まりに来ていた。
大学生の頃から一人暮らしをしているので、もう離れて暮らして5年が経っている。
長く離れて暮らしていると、わからないことも増えてくるし、ある程度気を使うこともあった。
 
でも、最近仕事が充実していることについて話している時、両親の表情に、愛を感じた。
大人になるまで私を育ててくれた両親の、積み重なった短くはない年月や、苦労。
周りの人にたくさん迷惑をかけながら大人になって、なんとか社会人として頑張ろうとしている娘への小さな誇り。
 
私は父のことはほとんどわからないし、中高生の時は強い反発心を持っていたと思う。
親も人間なので短所はあるし、思春期の私は不満を感じることもあった。
両親といっても他人だし、考えていることはわからない。でも信じられる何かがある。
わからない、でも、愛のようななにかが、私と親を繋いでいる。
 
「わかるわからないの海」にたつ波にゆられて、ゆらゆらと揺蕩っている私。
近くにいると思っていた元恋人も、「誰でもいい」の一言で、大波で、私は随分と遠くに流された。
友人にわかってほしい自分の気持ちでさえ、上手く言葉にできない。
私の手から放たれたロープは、誰にも届くことなく、シュルシュルと勢いを失って、海底へと沈んでいく。
 
思いが届かなくとも、人と人とが完全に理解し合うことはできなくとも、それで全てを諦めてしまうことはない。
それでも、私たちはロープを放ち続ける。手繰り寄せる。
近くに浮かんでいなくとも、ロープの両端を持つことはできるはずだ。
細い糸のような形だったとしても、しっかりとつかむことができた時に、私は幸せを感じる。
 
 
 
 
***
 
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2023-04-21 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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