すすはらい
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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:かねこけし(ライティング・ゼミ4月コース)
毎年12月になると、テレビのニュースで「すすはらい」の様子を目にする。
竹ぼうきやはたきを手に、寺社仏閣についた1年間の汚れをはらう。
天井や柱といった、高い場所も念入りに掃除する。
隅々まで清め、新しい年を迎える準備を整えるための行事だ。
こうした映像を目にすると「ああ、うちもそろそろ大掃除を始めなきゃ」という気持ちになる。
「車にひかれた」
「えっ!? 場所は? どこ? すぐ行くから!」
2か月前。自室で本を読んでいたら、突然携帯が鳴った。夫からだった。
現場は、自宅から数分の場所にある介護施設前の交差点。
「すいませーん、事故に遭った者の身内でーす!」
現場の人だかりに向かって大声を出すと、皆が一斉に私のほうを見た。
警察官から夫が被っていたヘルメットを受け取り、私の名前や住所を控えている時、女性に声をかけられた。
「あの、私が車を運転していた者です。本当に、本当に申し訳ありません」
彼女の顔はこわばり、目には涙がたまっていた。かなり取り乱している。
女性が運転していた乗用車と、自転車に乗った夫とが交差点で接触したらしい。
幸い、頭にケガはなく意識もしっかりしていた。左肩が痛くて動かせないというので、整形外科のある近所の病院に救急搬送された。
診察室前でレントゲン検査の結果を待つ間、看護師に声をかけられた。
「ご主人、自転車に乗られるってことは普段からアクティブな方?」
「うーん、昔から自転車は好きだったんですけど、こういう風に担ぎ込まれるのは初めてです」
「重傷かもねー」
さらっ、と言われた「重傷」。
左の鎖骨がばきっと折れていた。ろっ骨も3本ずれている。
「鎖骨は手術が必要になります。ろっ骨は、しばらく痛みますが、骨がくっつくのを待つしかないです」
完治までに2、3ヶ月はかかるとのこと。重傷だ。
翌日精密検査を受けることになり、装具をつけ帰宅することになった。
「申し訳ありませんが、今日はいったん自費でお支払いいただきます」
受付で出された請求書を見て、私は思わず呼吸が止まってしまった。
……にっ、2万5千円!?
食料品の買い物をしたばかりで、財布には3千円と小銭だけ。
バッグの中を何度も探したが、キャッシュカードやクレジットカードがない。
事故に遭った直後で動揺している夫に診察費出して、とはとても言えない。
「ごめんなさい、あわてて家を出てきたので、全額は払えないです」
「そうですよね、今日は出せる分だけでいいですから。残りは明日で」
千円札を1枚出した。
今日のところは、どうかこれで勘弁してください。そんな心境だった。
帰りのタクシーではメーターをにらむばかり。
道路が渋滞してなかなか進まない。救急車に乗ってた時にはあんなにスイスイ行ったのに。
タクシーが自宅前に着くと、義父が近所の人と談笑していた。
白い装具をつけた夫が降りてくる姿を見つけ、義父の表情が一気に険しくなった。
「ばっかじゃなかろうか、最近すごいスピードで走ってるのを見て危ないと思ってたんだ。自分の体を痛めつけなきゃわからんのか」
「いつも自転車乗る時は気をつけて気をつけて、ってあれほど言っていたのに、どうしてこういうことになるの」
自宅に乗り込んできた義父や義母から、心配や気遣いの言葉が出てこなかったことに私は驚いた。
「冷たい親だ」
二人が帰った後、夫がうつむきつぶやいた。
精密検査の結果、医師から安静を言い渡され、夫は入院した。
入院手続きが終わり、義父が運転する車で私はひとり自宅に戻った。
「こういう状況だし、困ったことがあったらすぐ相談していいからね」
義父がそう言ってくれたのがありがたかった。
夜、自宅の玄関ドアがガチャガチャ鳴り出した。
泥棒か!? と身構えると、義父がドアを開けて入ってきた。
何かあった時のためにと、夫が義父に家の合鍵を渡していることは知っていたが、まさか勝手に入ってくるとは。
「外から見てたらな、2階の天窓が開けっ放しになってたから閉めようかと思って」
……怖っ。
いくら親だからって、よその家に勝手に入っていいのか?
2階は夫の部屋なので、普段私はほとんど立ち入らない。天窓が開けっ放しなのは知らなかったが、電話1本くれれば閉めるのに。
翌朝。
玄関ドアを開けると、義父がじょうろを手にやってきた。
うちの庭には小さなツバキの木が1本ある。義父がいつの間にか植えていた。
育ちが悪く、葉が少ししおれているが、あきらめず水やりをしている。
「お仕事行ってきます」と声をかけその場を後にしたが、どうにも気味が悪い。
数日後、夫と私、義父と3人で担当医から鎖骨の手術について説明を受けた。
帰りの車中で、お金のことが色々心配だと義父に相談した。
すると、もしもの時に備えて夫名義の通帳を作りお金を渡してあるので、本人の許可をもらって必要な金額を下ろしてもいいと言われた。
ほっとした。
ところが、その後に発せられた言葉で、一気にうっとうしい気持ちになった。
「やっぱり夫婦ふたりの生活っていうのは厳しさが足りないな。もし子供がいたら、将来の事とか考えてもっと厳しく生活するだろう。ふたりだけだから、どうしても生き方が甘くなるんだ」
今さら何を言うか。余計なお世話だ。
結婚して20年以上たつ夫婦に、改めてそんな説教をするなんて。
しかも息子に直接言わない所がいやらしい。
私は、義父の言動にいっそう不信感を持つようになった。
夫は厄年ではないか、と思い調べたらやはりそうだった。
回復したら厄払いをしたほうがよいだろうか。
いや、むしろ事故に遭ったことが既に「厄払い」なのかもしれない。
手術は無事に終わった。
夫は私を見ると微笑んだ。手を握り、お疲れ、よくがんばったねと声をかけた。
義父は何も言わずスマホを夫の顔に向け、撮った。
また、違和感を感じた。
こういう様子を撮っておくと、後から役に立つんだ、と言う。
本当だろうか。
夫が交通事故に遭ってから、ヒト、モノ、カネ周りに潜んでいたあれこれが、ほこりのように降りかかってきた。
それをはらう「すすはらい」も人生においては必要なのかもしれない。
退院まであと1週間。少し念入りに家を掃除しておこう。
***
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