プロフェッショナル・ゼミ

こっそり出した年賀状が、本人に届く前に恋敵に見られてしまうなんて!《プロフェッショナル・ゼミ》


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記事:中村 美香(プロフェッショナル・ゼミ)

「美香ちゃん、大山くんに年賀状を出したんだって?」
クラスメイトの奈々が、唐突に私に言ってきたのは、高2の2学期の終業式の日だった。
「え? なんで知っているの?」
私は、もしも、大山くんから、ちゃんと年賀状の返事が来たら、仲の良い友だちにだけ話そうと思っていたので、誰にも言っていなかった。それなのに、なぜ、それほど仲の良くない奈々が知っているのだろう? 

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今年も、そろそろ、年賀状の準備をする時期になった。

いつからか、年賀状は、楽しみというよりも義務というか、書きたいというよりも書かなければいけないものだという気持ちの方が強くなってしまった。

しかし、思い返してみると、学生時代や、社会人になった後も、独身の頃は、年賀状の気軽さを利用して、さりげなく気になる男性に、好意を示していた。
年賀状を、相手との距離を少しだけ縮めるアイテムとしてとして利用していたのだ。

初めて、好きな男の子に年賀状を出したのは、小学3年生の時だった。
友だちと、それぞれ
「好きな子に年賀状を出そう!」
と約束をして、ドキドキしながら書き、返事がちゃんと来て、喜んで、友だちに報告したら、その子に
「恥ずかしくて出さなかったの」
と告げられ、急に恥ずかしくなったことを覚えている。

それ以降、小学生、中学生の時も、その時々の気になる男の子に年賀状を送っていた微かな記憶がある。
そして、その中で、一番よく覚えているのは、高校2年生のお正月のことだ。

その当時は、グループ交際というか、女子3人と男子2人で、よくつるんで遊んでいた。
そのグループのひとりの吉田くんは、同じくグループ内の葵のことが好きだった。
葵は、派手に着飾って綺麗というよりは、むしろ、服装は地味でボーイッシュだった。
最初、吉田くんが葵を好きな理由は、彼女の性格がいいからだろうと思っていた。しかし、よく聞くと、外見が好きと言うので驚いた。
改めて、じっくり見たら、なるほど、素材がいいというか、肌が白くて、確かに可愛かった。
葵は、そんな吉田くんの好意に気づいてはいるけれど、気づかないふりをしている、そんな感じだった。
私ともう一人の女子のゆかりは、今思えば、無責任だと思うけれど、乗り気じゃない葵の気持ちを知りつつ、吉田くんを応援するような感じで、みんなでくっつけようとしていたのだった。

吉田くんは、背が高く細かった。作曲家の滝廉太郎みたいな眼鏡をかけていた。葵がいない時は饒舌なくせに、葵がいると無口になって格好つけていた。

吉田くんを応援しながら、私は、もう一人の男子である大山くんのことが気になり始めてしまった。
まあ、在りがちな話だ。
そして、また、在りがちなことに、「大山くんはゆかりに好意を持っている」と私は気づいていた。
ゆかりは、10人中8人くらいが振り向いてしまうくらいの美人だった。だから、大山くんにとっては残念ながら、当然のように、ゆかりには年上の彼氏がいた。

思いの矢印が交差しながらも、緩やかに、高2の日々は過ぎていった。

私が好きになった大山くんは、とてもシャイだった。
顔のつくりは普通だったけれど、おしゃれで、時々、ちょっと女の子っぽいしぐさをして、笑顔が可愛かった。
私は、そんな中性的な雰囲気を好きになってしまった。
私たちの中では
「大山くんは、本当は、吉田くんを愛しているんじゃないか?」
って言っていたくらい、ふたりは仲が良かった。
よくしゃべる吉田くんと、そのそばでニコニコしている大山くんは、いいコンビだった。

秋に、私とゆかりが企画した“遊園地&ボーリング”のグループデートがあった。
“吉田くんに、葵と仲良くなるチャンスをあげる”という名目の企画だった。
何かっていうと、吉田くんと葵をペアにして、横目で様子を伺いながら、吉田くんを応援していたけれど、吉田くんは、はっきりとは葵に思いを告げることはなかった。

ゆかりは、私が大山くんのことを好きなのを知っていたから、何かと大山くんと私をペアにしてくれようとしたけれど、私は、なんとなく、大山くんに遠慮してしまって、
「ゆかりと大山くんが一緒に乗れば?」
と、言ってしまった。
ちょっと嬉しそうな大山くんの笑顔を見て、切なくなった。だけど、もし、一緒に乗って、つまらなそうな顔をされるよりは、ましだった。

私は、どんどんと、大山くんが好きになっていった。
ゆかりが好きなのだろうか?
それとも、本当は、吉田くんが好きなのだろうか?
はたまた、両方なのだろうか?
大山くんは、私のことをどう思っているのだろうか?
考えても、答えの出ない問いがぐるぐる頭の中を回っていた。

吉田くんと同じで、私は、普段おしゃべりなくせに、大山くんを前にすると、緊張して、ほとんど話しかけることはできなかった。
吉田くんのことを、意気地なしと言えないほど、私だって、相当、意気地なしだった。

そして、だんだんと、その年が終わろうとしていた。

いつものように、年賀状の準備を始めた。
そして、ふと、思いついて、もやもやした思いのまま
「これは、友だちという意味なんだ!」
と自分に言い聞かせながら、大山くんに、年賀状を書くことにした。
私ができることと言えば、これくらいだった。

もちろん、グループ内の2人の女子にも書いたし、最後まで迷って、吉田くんにも出した。
吉田くんに出したことで、私の大山くんに対する「好意」の意思表示は薄れるとはわかっていたけれど、「好意」が実際に浮き彫りになってしまうことも少し怖かったのだ。

具体的な文面は忘れてしまったけれど、すごく考えて、「笑顔が素敵」とか「部活を頑張っている姿がカッコイイ!」とか、ほんのりと「好意」をにじませ、だけど、「友だち」と言い訳できるような、そんな大山くんだけへのメッセージを書いた。

そして、割と早めに年賀状の準備を終えて、ちゃんと元旦に届くようにとポストに投函した。

返事をくれるだろうか?
どんな返事を書いてくれるだろうか?
ドキドキしながら、年明けを待つばかり……と思っていた……が、しかし……。

「美香ちゃん、大山くんに年賀状を出したんだって?」
クラスメイトの奈々が、唐突に私に言ってきたのは、2学期の終業式の日だった。
「え? なんで知っているの?」
私は、もしも、大山くんから、ちゃんと年賀状の返事が来たら、仲の良い友だちに話そうと思っていたので、誰にも言っていなかった。それなのに、なぜ、それほど仲の良くない奈々が知っているのだろう? 
とても不思議だった。

「沢井さんから聞いたよ」
「沢井さん? 沢井さんって誰?」
「沢井さん知らない? 隣のクラスの沢井さん。バスケ部のマネージャーの」
ああ、あの小柄の彼女か! 
え? だけど、なんで知ってるの?
あ! 大山くんは、バスケ部だ! だから?
え? でも、まだ今日は12月25日。年賀状は、まだ郵便局のはずだ。
私の頭の中は「?」でいっぱいになっていた。

「沢井さんさ、郵便局でバイトしてるみたいよ」
「えー!」
そうか! 郵便局で年賀状の仕分けのバイトをしていて、偶然、私が書いた大山くん宛の年賀状を見たということなの?
えー! でもさ、それって、人に言う? 普通、言わないでしょ? なんでよー!

その疑問が解決したのは、次の瞬間だった。

「沢井さん、大山くんのこと好きなんだって」
「あ、そうなんだ。そういうことか!」
私は、妙に納得してしまってから、だからって、人に言っていい理由にはならないと思い直した。
「美香ちゃんは、大山くんのこと好きなの?」
それは、聞いてほしくなかった。
うん、とも言いたくないし、違う、とも言いたくない。
「うーん。まあ、友だちとして……」
人に読まれても、大丈夫な形には書いたけれど、ここで、全く関係のない、奈々経由で、沢井さんあてに、メッセージを出したくないと思った。今さっき、顔と名前が一致したばかりの恋敵あてに……。
「うーん。自分でも、好きかまだわからないな。嫌いじゃないよ。もしかしたら好きかもしれない」
あの時、友だちだって言ったじゃない!
と、後で言われるのも嫌で、不本意ながら、言い訳のように、奈々に向って、軽く告白をしてしまった形になった。
まずい! と思って、無駄かも! と思いながら
「沢井さんには、言わないで!」
と、一応、伝えた。

冬休みは、なんだか、もやっとした時間だった。
ドキドキしながら、年賀状の返事を待った。
チラチラと浮かぶ、沢井さんの影を感じていた。
まさかとは思うけれど、ちゃんと、年賀状、処理してくれたよね?
捨ててないよね? 
沢井さんがどんな人なのか、全く知らないけれど、奈々を通して、私に探りを入れてきた彼女の人間性は、私の中でだいぶ黒っぽく膨らんでいた。

大山くんからの返事の年賀状は、3学期の始業式を翌日に控えた日にようやく届いた。
干支の馬の絵が、そこそこうまくかけていて、それは、色鉛筆で丁寧に塗られていた。
“あけましておめでとうございます”
のそばに
“ことしもよろしく”
の文字が細い字で、社交辞令のように並んでいた。

とりあえず、返事が来てよかった。

心のどこかで沢井さんのことを疑っていた自分が、恥ずかしくなった。

翌日、学校に行くと、新しい事実が、私を待っていた。

大山くんは、私に返事を書くのと同時に、ゆかりに年賀状を書いていたのだった。
グループ内の女子、みんなに出したのかと思って、葵に確認したけれど、葵には来ていなかった。

くっそー! そうきたか!

大山くんの、大山くんなりの意思表示だとわかり、悔しさと悲しさに包まれた。
ゆかりは、そんな私の気持ちを知ってか知らずか
「大山くん、年賀状ありがとうね」
と、気軽に言っていた。

沢井さんが、大山くんに年賀状を出したのかどうかはわからなかった。

私は、大山くんの意思表示に、すっかり戦意喪失してしまい、私の淡い恋は終わった。

肝心の吉田くんは、葵に、クラス替えの直前に、告白することにしたらしく、私たちは、結果をややはっきり予想しながらも、面白半分、残りの半分は親切心を装って、見守った。

予想通り、残念ながら、吉田くんは葵に振られて、泣いていた。
吉田くんは、うまく行くと思っていたのだろうか?
それとも玉砕覚悟で告白したのだろうか?
面と向かって思いを伝えた吉田くんは、最後の最後で格好よく見えた。
その姿を、やさしく包み込んでいた大山くんを見て、私は、少し、吉田くんに嫉妬したっけ……。

今、あの頃のことを思えば、年賀状は、葉書という形なのだから、誰に読まれても仕方のないことだし、かなりの確立で、同居している家族に文面を見られていたはずだ。
「ああ、あの子は、うちの子が好きなのね」
と、家族は思って、ニヤリとしていたのだろう。
実際に、兄に、同級生の女の子から年賀状が来ると、妹の私でさえ、ニヤリとしていたものだ。

年賀状は、面倒くさい一面もあるけれど、こうやって若い頃のことを思うと、思い出のアイテムとして、やはり、味わい深いものがある。
あの、年の初めに届く葉書には、何十年経っても、思い出すと胸がチクっとしてしまう、回りくどくて甘酸っぱいような何かが潜んでいるのだろうと思う。

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