メディアグランプリ

ピンクのランドセル


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記事:渡邉佳子(ライティングゼミ)

その人は毎年、気候の良い秋に家にやってきた。「今日グーマがくるよ」と母から言われると、少し遊びを切り上げて、楽しみに家に帰ったものだ。グーマとは、父方の祖母の事で、30代で孫が出来た祖母は、「おばあちゃん」とは言われたくなかったらしく、「グランドマザー」の略で、孫達に「グーマ」と呼ばせていた。

 

片田舎の小さな小さな家に、近くではあまりみない、派手ないでたちのその人がくると、たくさんの舶来品のお菓子や、洒落た包み紙のお土産で家の中がパッと華やいだ。

 

私が小学校に上がる前の年の秋にもその人はやってきて、 数日滞在し、帰る間際に「東京ですごくきれいなピンクのランドセルをみつけたから、佳子に買って送るからね」と言った。母は「田舎であまり目立ったら困るから」と断ろうとしたが、私は赤色の強い可愛いピンクのランドセルを想像し、「わー! グーマありがとう! 」と喜んでお願いした。

 

それから私はピンクのランドセルに胸をときめかせ、幼なじみ達に自慢した。「グーマがピンクのランドセルを買ってくれるんだって!」「グーマって誰?」「グーマはグーマよ!」私はみんながおばあちゃんの事をグーマと呼んでいるものだと思っていた。

 

小学校入学の日が近づくと、東京からランドセルが届いた。幼稚園から帰ってくると、先に荷物を開けた母が渋い顔をしている「ちょっと色が……ねぇ」「なになに?」と箱を覗き込むと、想像していた可愛いピンクとはほど遠い、渋いサーモンピンクのランドセルが中に入っていた。私は正直がっかりして、「これ持って行きたくない」と思ったが、あとの祭り、私は渋いサーモンピンクのランドセルで小学校生活をスタートさせた。

 

とにもかくにも田舎の小学校でピンクのランドセルは目立ちすぎた。昼休みに数人の女子に呼びだされ、「どうして佳子ちゃんのランドセルはピンクなの?」と質問攻撃に遭い、悪ガキからは傘でつつかれたり、ジャリを投げる時の標的にされたりした。目立とうとしてもいないのに、目立つと言う事は相当につらいものである。私の打たれ強い性格は、その時に形成されたものなのかもしれない。

 

小学校2年の時に転校して福岡に出てきた。私はまた、「どうしてピンクなの?」攻撃に遭うかと懸念していたが、転校生というだけで目立っていたので、「ランドセルの色が違っていてもおかしくない」と思われたのか、さほどクローズアップはされなかった。それでも忘れた頃にチラホラ聞かれることもあったが、転校生だらけの福岡の小学校は黄色や茶色のランドセルの子が居たので、目立ち方が分散されていた様だ。

 

小学校高学年になってくると、ランドセルが壊れた児童は手提げバッグで通学することが許される様になった。私はランドセルのベルトが切れた事をいい事に、そそくさと手提げバック通学に切り替えた。もう、目立つ事も、いろいろ聞かれる事もないと思うと正直ホッとし、肩の荷が軽くなった。中学高校と私はみんなと同じ格好をし、集団の中に埋もれる事がどんなにラクかという事を満喫した。

 

大人になって、東京に遊びに行った時のこと。たまたま祖母の家の近くが実家の、幼なじみのT子ちゃんと会って食事をした。T子ちゃんのお父さんは商社マンで、福岡に家族を連れて3年住んでいた。そのときからの不思議なご縁である。江戸っ子の彼女は頭も良かったし、センスが飛び抜けて垢抜けしていたので、みんなの憧れの的であった。

 

その彼女と久しぶりに会って、つばめグリルのハンバーグをつつきながら、いろんな事を話していると、急に彼女が言った。「あのさー佳子ちゃんのランドセルってピンクだったじゃない、あれって普通のピンクじゃなくって、すごく綺麗な色だったから、私、ものすごーく羨ましくってさー」「えーそうなの、あれ、おばあちゃんが買ってくれたのよ」「えーあの中野に住んでいるおばあちゃん? すごくない??」何十年も前の事で、私はすっかり忘れて居たのだが、彼女の目には鮮明に、私のピンクのランドセルが焼き付けられていた。私は何だか嬉しくなった。

 

祖母は93歳でその波瀾万丈な人生の幕を閉じた。あと数日がヤマということで、何日も前から親戚が駆けつけ、病院や近くのホテルに泊まりがけで詰めていたが、偶然にも彼女の最期を看取ったのは、その日に福岡から上京したばかりの私だった。

 

看護婦さんが慌てて仮眠室に親戚を呼びに行っている間、私と亡くなったばかりの祖母は病室で二人きりになった。あんなに人気者だった祖母がなんで自分だけの時に逝ったのか? 不思議に思いながら、魂が徐々に抜けつつある祖母の横顔を見ていると、幼い頃、毎年秋に会いにきてくれた事、別れ際にランドセルを買ってくれると約束してくれた日の事、ランドセルが届いた日の事、入学式にドキドキしながら背負って行った日の事が、走馬灯の様に頭の中を駆け巡った。

 

様々な事情で祖母と私は、生まれる前から遠く離れていた。多くても年に1回しか会えなかったが、その分、機知に富んだ彼女との時間は濃密だった。ピンクのランドセルは、「私の事を忘れないで」と自己主張の強い祖母が発した存在感そのものだった。私は祖母の大きな愛を、毎日背負って学校に通っていたのだ。

 

しんと静まり返った病室、バタバタと駆けつける親戚達の足音を遠くに聞きながら、私はピンクのランドセルのお礼も含め、「今までありがとう」と言った。

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2016-12-30 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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