父の桜と8回目のお盆
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記事:安光伸江(ライティング・ゼミ8月コース)
2016年5月29日、父が急逝した。87歳だった。
前日の土曜日、父は朝から上機嫌だった。高卒の父が苦労して課長まで勤め上げた会社の、課のOB会で飲みに行くというのだ。「おい、バスカード貸せ」と取りに来た父は、「この帽子、かぶった方がええかのぉ?」とにこにこしながら私に聞いてきた。「そんなんどっちでもええやん、はよ行っといで!」とすげなくあしらい、父はしばらく迷ったあと、どうやら帽子は置いていったようだった。
毎週土曜日は父が朝から1km離れたスーパーに買い出しに行くのが常だった。その日は飲み会から帰ってから行くという約束で、私は午後から近所のショッピングセンターに買い出しに行った。「じぃちゃん遅いなぁ」と思いながらのんきに歩き、門の前まで来たところで携帯が鳴った。
「安光さんの携帯ですか。私、○○会社の○○課だった○○と申しますけど、お父さんが階段で転ばれまして」えっ、何それ。「意識はあったんですけど、○○病院に運ばれています」軽くパニックを起こしながら家に入ると、その頃すでに寝たきりに近かった母も家の電話で連絡を受けたらしく、ふたりでパニックを起こしてしまった。叔父が病院に急行してくれて、兄も県内の遠くから帰ってくるという。
それからは生きた心地がしなかった。兄は医療関係者なので、状況を見てすぐ、これはこのまま逝かせた方がいいと決断し、手術などはしないことにしたんだそうだ。私はそうはいってもまだ生きて欲しいと思っていた。父は2階に寝ていたんだけど、生きて帰ったら2階に寝せるわけにはいかない。母と私と父と、寝る場所をどうしたらいいんだ? そもそも、うつ病持ちの私に、寝たきりの母と、父を両方面倒見ることなんて出来るのか?
その日は兄が家に泊まり、父の部屋から保険証などを探し出し、いろいろ手続きをしてくれることになったらしい。私はというとほとんど記憶が混濁している。覚えているのは、私は病院に行く勇気がなかったこと、親戚一同が最後のお別れに病院に集まったらしいこと、ちょうど笑点で司会が昇太に変わる時で、29日の笑点を見て力なく笑ったこと、父の脳が復活することを祈って「気」を送ったこと、くらいか。
よく喧嘩をしていたので、いざ死ぬかもしれないとなったら「死ね〜!」と思うかと思ったら、死なないで欲しいと思ったことで、私としては安心したんだ。でも、夜中に「死んじゃらんにゃいけん」という父の声が聞こえた気がした。
そして29日の深夜、日付が変わる直前に、父の心電図が止まったそうだ。
それからは葬儀だのなんだのでパニック状態だったことしか覚えていない。葬儀には出ない、長時間いい子にしていられない、と言って兄を困らせた。でもなんとか母も私も葬儀と火葬に立ち会うことが出来て、骨も拾った。よく歩いていたので、父の脚の骨が頑丈だったのが印象的だった。
そして母とのふたり暮らしが始まった。兄は遺産目当てでたまに顔を出したけど、我々の面倒を見てくれる気はさらさらなかった。年金の計算をして、なんとか生活できるな、とわかったので、それでいいことにしたようだ。
うちは母が寝たきりなので、お寺さんが毎週うちに来て拝む、というのは断った。でも初盆のために提灯を買ったらどうかな? という兄の提案で、最初は「提灯あんこう」なんてのにするかな、と笑っていた。うちが「安光」だから、「あんこう」と読まれることもよくあったのだ。初盆のための提灯は、けっこう大きくて場所を取る。お値段もする。う〜ん。どうしようかな。
そうこうするうちにアマゾンで、蓮の花の提灯を見つけた。2つペアになっていて、お仏壇に果物を供えるところに置くのにちょうどいい。届いた提灯に電池を入れて供えてみると、なかなかいい色合いだった。
お父さん、これ、なかなかええやろ
なんて父に話しかけた。父の死後、毎日お線香を上げるのは私の仕事になったのだけれども、そのたびに父の声が聞こえる気がするのだ。毎日父と話して、もう7年が過ぎた。お盆の提灯は面倒くさくて供えなくなったけれども、お線香だけは欠かさない。
そうこうするうちに母の容態が悪くなり、胃がんが発覚して緩和ケア病棟であっけなく亡くなったのは2018年の1月18日のことだった。それ以来、ふたりにお線香を上げている。とはいえ、なぜか話しかけるのは父の方が多い。母は甘えんぼで、最後まで「おねえちゃん(私のこと)がええ、おねえちゃんだけがええ」と私に介護をして欲しかったらしいけど、最後は病院に入って死んだ。
母が亡くなってからももう5年半が過ぎ、一人暮らしもだいぶ慣れた。お盆のお墓参りはしないけれども、お線香を上げる日は続いている。近所の遊歩道に整備された桜並木に、父が町内会長だった年に植えた桜があるので、その桜に話しかける日々も続いている。
両親の命日と、そしてお盆と、お彼岸と
もちろん毎日お線香はあげているけれども、これからもずっと、折に触れて両親のことを思い出し、感謝を伝えようと思うのだった。
8回目のお盆。お父さん、お母さん、見守っていてね。
***
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