イエスマン彼氏を、コンサル彼女が詐欺から守った話。
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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:Natsu(ライティングゼミ6月)
職業柄出てしまうコンサルコミュニケーションが、まさか詐欺を暴く時にも出てくるとは思いもしなかった。
秋の始まりを感じ始めた8月下旬の月曜日、気持ちとしては快適なオフィスに出社して気持ちを引きしめて仕事をしたい。が、つい月曜日はリモートワークになりがちだ。夏バテのせいだということにしておこう。
同居人の彼も同じのようで、手違いで買ってしまった部屋の広さにそぐわない3人がけのIKEAのソファに寝転がり、だらだらと仕事を始めている。
そんな彼を横目に、9:00から始まるプロジェクトの朝ミーティングに参加し、2時間ほど慌ただしく午前の仕事をこなしていた。
時刻は12:00過ぎ、だらだらと仕事をしていた彼が重い腰を上げて出社の準備を始めた。
「そういえば、僕今日帰り遅くなるんだよね。23:00くらいになりそう」
23:00……? おかしい。某車メーカーでエンジニアをしている彼は、毎日帰りが遅く22:00頃に帰ってくるが、23:00を過ぎることはこれまでなかった。私の表情がくもっていたのか、彼が続ける。
「なんかさ、僕の会社(以下、S社と呼ぶ)で働いている人向けに不動産を紹介してくれるって電話が会社携帯に入ってて。何回も断ったんだけど、断りきれなくてさ。ちょっと行ってこようと思う」
カチッ。自分の中でコンサルスイッチが入るのがわかった。
「会社名は? 株式会社? ホームページは公開してる? いつどこで何時から会うの? 会社のメールアドレス経由でも連絡くるの? その不動産を紹介する会社とは、S社と会社対会社の提携をしているってこと? もしそうだったら、会社内で社内報みたいな形で、全体に連絡が回ってるよね?」
気になることを一気に言い切った後、彼がぽつりぽつりと答えていく。
「えーっと、確か名前はデリシア株式会社だったかなぁ。場所は、最寄駅のサイゼリアで、22:00から会うことになってて」
すかさずデリシア株式会社をググる。デリシア株式会社はなく、株式会社デリシア、食品系の会社がヒットした。疑心がほぼ確信に変わっていく。詐欺だ。
「デリシア株式会社、なさそうだけど? 不動産の知識もないわけだし、明らかに怪しいし、普通に断ればいいのになんで断らなかったの?」
「断りの電話を入れたら、ミーティングのために資料を作成してしまっているので、こちらのためにもお会いする時間を作って欲しいって。だから、断れなくて……」
しまった。彼のイエスマンの性格が完全に出てしまっている。日々の仕事でもそうだが、相手からの押しに弱く、自分の担当業務外でも頼られると引き受けてしまう。そんな彼が、ほぼ黒確定詐欺の格好のターゲットになっている。これは何としてでも守らねば……。
「じゃあ今からやることは2つ。まずS社宛に特別に紹介しているなら、同僚にも案内が届いているはずだから、社内チャットで確認すること。次に、今からその担当者って人にスピーカーの状態で電話をかけて。怪しいと思ったことを私がパソコン質問を書き出すから聞いて。いい?」
やれやれ、なぜ貴重なお昼休憩の時間に詐欺を暴くためのアプローチを検討しているのやら。高校時代に友人から「なつきって壺を買わされる詐欺に遭いそうだよね」とよくイジられていたが、詐欺を退治する側にまわっている。今の私の姿を友人に見せてやりたい。
いざ、開戦。
彼が自称不動産営業の担当者に電話をかける。すると感じのよさそうな声で“佐藤”と名乗る女性が「はいもしもし」と電話に出る。
「あ、度々お電話すみません~ちょっと確認したいことが何点かありまして~」
なんと物腰の柔らかいこと。もっと強気な感じで受け答えすればつけ込まれないのに。しっかりしておくれ……。まあそれが彼の良いところでもあるのだが。
まずは会社名を確認してもらう。
「はい。デリシア株式会社と申します」
彼の会社のパソコン画面に『ホームページが見当たらなかったのですが、株式会社だったらきちんと情報公開してますよね。今日の夜に備えて事前に会社情報、商材について目を通しておきたいのですが……』と書き込み、彼にそれを読み上げてもらう。
「えーっと、ホームページは、はい、現在作成中でして……。」
こんな初歩的な質問で辿々しくなるとは、シナリオの作り込みが甘いな。そんなことを考えていると、
「はい、佐藤です。ホームページについては、現在メンテナンス中で非公開になっているんです。すみません」
急に電話越しの声が女性から男性に変わった。え? 佐藤? あなたも佐藤なの? 上司に代わります、の一言もなく急に変わるなんて。そんなの釣りの女性が先行部隊として電話をかけて、後ろに強面のお兄さんが監視役のようにうろうろ歩いていて、ピンチに陥った女性に代わって対応にわって入ったとしか思えない。その様子が脳裏にありありと浮かぶ。
いやいや、そもそも株式会社は信頼が命であるわけだし、コーポレートサイトをメンテナンスで完全非公開にするなんてこと、ありえないわけである。
このやり取りで詐欺であると100%確認したため、念のため他にも質問をジャブ程度にいくつかぶつけてもらった。質問への受け答えが苦しくなってきたのか、電話口を代わった男性の回答もたどたどしくなってきた。電話口の男性の口調がだんだんと荒くなり、ついには甲高い声で、怒鳴り始めた。
「おい、その態度はなんだよ! 人としてどうかと思うけどな! こっちはよお、時間使ってんだぞ! じゃあいつなら会えるんですか? 会えない、そんなことないですよね?」
正体を現した。こうやって口調を荒げて強請ってくることも想定済みだ。動じずに、パソコン画面に『申し訳ございませんでしたって言ってそのまま切って』と打ち込み電話を切ってもらった。
まさか、自分の身近な人が詐欺相手に電話をしている場面で、受け答えのサポートする日が来るとは思っていなかった。上司から受ける「ロジックは? それってちゃんと確認取れてる? 認識齟齬ない? 」という問いかけに打ち返す日々を送っているだけあって、相手の主張に穴を見つけることは朝飯前だった。
とは言え、詐欺を仕掛けてきた相手のレベルが低く、かつ私のイエスマン彼氏の危険危機管理力が低かっただけなのだが。何はともあれ、面白体験を目の当たりにしたので筆をとってみた次第である。
皆さんも怪しい電話がかかってきたら、しつこく最低5回は質問をぶつけてみてほしい。
***
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