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子分が親分を唯一上回った日


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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:北本 亮太(ライティング・ゼミ6月コース)
 
 
「お前、終わったな〜。判定Eとか絶望やん」
 
センター試験翌日。私は同級生のS君から、嫌味ったらしい笑顔とともにそう言われた。私は心底悔しかった。ライバルでもあり、私にとって嫌なやつでもあった彼に言われた一言は私の心をえぐった。
 
S君は嫌なやつだった。
 
「おい、焼きそばパン、買いに行くぞ」
「おい、コーヒー買いに行くぞ」
 
一人で行けば良いのに。S君は誰かと行かないと不安なのだろうか。いちいち誘ってくるS君が鬱陶しかった。その都度聞かされるのは「俺、すごいやろ自慢」である。
 
「隣の高校のMちゃんと付き合ったことがある」
「サッカーの試合で活躍した」
 
私は心の中で「だからなんやねん」と呟きながらも、いろいろな経験をしている彼が羨ましかった。S君は私のことを下に見ており、いわば「子分」と「親分」のような関係だった。
 
「お前は何もしらないからな〜」
「だっせ〜なあ」
 
高校時代の3年間、隣で嫌なことをいろいろと言われ続けた。半分、いじめみたいなものもあった。憂鬱だったが、当時の私は高校の中の世界が全てで、「この人に逆らってはいけない」という固定概念が形成されていた。だから、嫌なことがあってもとりあえず耐えるしかなかった。
 
ただ、私が高校2年生の時、彼に救われたことがある。当時、理系に所属していた私。ところが、数学、物理、化学といった理系科目の成績はからっきしだったのである。そんな時、同じく成績で悩んでいたS君から「理系じゃ俺ら、難しいし、文系に転向しないか?」と誘われたのである。いわゆる「文転」である。理系に属しながらも数学や理科系は勉強せず、国語と英語、地理を勉強する道だ。
 
正直、彼の言葉がなければ大学に行けていないかもしれない。地理が得意だった私は二つ返事で応じた。ちょうどその時、なりたい仕事が「新聞記者」になっていたので、文転の打診はまさに救いの道だったのである。
 
とはいえ、S君の態度は相変わらずだ。S君は私を思って文転を誘ったのではなく、ただただ勉強する仲間がほしかったのである。しかも奇しくも志望校は同じ関西方面のK大学になった。内心、嫌でたまらなかったが、夢を叶えるために最適な大学がK大学だった。S君はK大学がカッコいいという理由である。動機は不純だったが、S君の方が頭の出来は良い。テストの点数で彼に勝ったことはなかった。その度、「お前の頭じゃ受からんやろ」と言われ続けたのである。
 
ただ、私には作戦があったのだ。K大学は入試にいくつかの方式があった。得意な科目の点数を2倍にしたり、センター試験の一番良い1科目の点数と大学の試験の良い2科目の点数を足した合計値で評価したりと、選択肢が豊富だったのである。地理が得意だった私はセンター試験の地理と二次試験の地理と国語で勝負しようと思ったのである。センターの地理で9割、二次試験の地理で9割、国語で7割を取れれば勝負になる—。そこから勉強の大半を地理に割いた。
 
センター試験が終わり、自己採点をしてみた。地理は84点だったので、まあまあだ。その後、自己採点の結果で大学の合格予想が判定されるサービスがあったので、やってみた。すると、判定はEと出たのである。A〜Eが基準なので、最低の評価だった。さすがにショックを受けた。S君に「結果見せろよ」と言われたので傷心のまま、その結果を見せた。すると、冒頭の言葉を投げられたのである。
 
悔しい反面、私は燃えた。このまま終わるわけにはいかない—。
 
たとえ、彼と同じ大学となってしまっても良い。侮辱したことを見返すぐらいの気持ちでやらないと、合格なんてできない。そう思うと、気合いが入った。さらに二次試験に向けて勉強を重ねていったのである。
 
迎えたK大学の試験当日。S君は結構余裕そうな表情を浮かべていた。
 
「お前よりは良い点取れるからな」
 
私は彼の嫌味を軽く流して、試験に集中することにした。今まで、自分なりに努力してきた。S君にいろいろと嫌味を言われても、自分の力を信じて勉強してきた。だからこそ、少しだけ自信もついていた。
 
試験が終わった。S君は自己採点をしていささか不安になっているようだった。私は気にせず帰ることにした。とりあえず自分の力を出し切ったのでなんとかなる—。
 
そして結果が返ってきた。結果は合格だった。飛び跳ねるぐらいうれしかったが、S君の結果も気になった。すると、夜、S君から電話が来た。
 
「俺、ダメだったわ。くそ。なんでお前だけ受かるんや」
 
ちょっと言葉に詰まった。確かに、彼に嫌味を言われ続けたから、正直言うと同じ大学に行くのはそんなにうれしいことではなかった。とはいえ、私をここまで成長させてくれたのは彼のおかげでもあった。
 
人は相手に嫌なことをすると、跳ね返ってくるものである。彼は最後まで私を下に見ていた。だから私はなんとかしようと必死になって、私は志望校に合格した。一方で彼は自分にうぬぼれていたことや、嫌味を言い続けた結果、受験の神様が微笑まなかったのではないかと思っている。高校時代、私が唯一、S君を上回ったと思えた日だった。
 
最後まで平均すれば成績はS君の方が上だった。ただ、受験の方式を調べて自分に合った道を選んだ私に対し、成績が上がってきているからと偉そうな態度を続けていたS君で明暗が分かれたのである。それからS君に会うことはなかった。彼は別の大学に行き、そこからはほとんど接点がなくなっていった。
 
 
 
 
そんな大学受験から10年が経ち、久々にS君と会うことになった。相変わらず態度は大きかったが、時間も経ったこともあり、苦手意識はなくなっていた。
 
タバコをふかしながらS君が今、苦労している話を聞いていた。実は社長の息子だったと言うS君。家業を受け継ぐため少し前から家業の会社に入社し、今はいろいろ勉強しているとのことだった。
 
「お前と一緒にした勉強に比べれば、大したことないけどな」
 
そう笑うS君に私はこう言った。
 
「でも、社長の息子っていう視線があると、周りからの目もあるし、思った以上にキツイよな」
 
S君は少し下を向いた後、こう言った。
 
「俺への気遣いは半端ないし、俺も気を遣う。偉そうにもできないし、結構しんどいわ。高校時代、お前にいろいろ言って悪かったな」
 
10年越しに謝罪の言葉を聞くことができた。辛かったが、私もS君のおかげでなりたい仕事にも就けたと思っている。ましてや、受験で驕らないことの大切さを改めて実感したのだ。こちらからしても感謝の気持ちでいっぱいである。私はS君の目を見てこう言った。
 
「ありがとう」
 
それだけで十分だった。そしてS君と私の親分と子分の関係が終わった瞬間のように思えた。
 
 
 
 
***
 
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2023-09-21 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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