偏愛的推し活のススメ
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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:前田三佳(ライティング実践教室)
「推しは推せるうちに推せ」
昨年SNS上ではこの言葉がまたたく間に広まった。
最近は人気アイドルが突然グループ脱退、はたまた不祥事による活動休止、解散、事故、自殺などなど、いつどこで消えてしまうかわからないご時世だ。
だから迷うことなく推せるうちに全力で推した方がいい、という意味らしい。
少しせつないがこれは事実だ。
そう言う私の推しは郷ひろみである。
高2の夏からかれこれ50年以上推し続けてきた。
その間ずっと現役のアイドルとして歌手として存在し続けてくれ、本当に感謝している。
その魅力を語るには1万字あっても足りないのでやめておく。
だが、彼が50年以上も「郷ひろみ」を更新し続けていることは並大抵の努力ではないはずだ。
もう68歳なのだ。
私の偏見かもしれないが68歳の男性といえば、大抵はしょぼくれたジイ様だ。
我が夫のようにヤケに元気なジイ様もいるにはいるが、それはそれで暑苦しい。
それが、どうだ。
彼は今だにファンを惹きつけて離さないカッコいい「王子」なのだ。
コンサート会場。ピンクのスパンコールが眩しいスーツでひとたび歌い始めれば、誰もが乙女の顔になる。
ペンライトを一心に振り、曲に合わせてかけ声をかけフリを踊る。
ひととき自分の年齢やしがらみや憂鬱な現実、ダンナの顔も忘れて「乙女」に戻るのだ。
ライブビデオを見ると客席は誰もが多幸感に包まれた最高にいい表情をしている。
きっと私もそのひとりだ。
昔、私の友人でコンサートを見て閉経したはずの生理がまた始まった人がいた。
推し活は女性ホルモンを活性化させるのだ。
さすがに私は枯渇しているが、そこまでアドレナリンを分泌させる存在であるのは本当に凄いことだと思う。
ファンは50代以上の熟年女性が殆どだ。
コンサート会場では1袋500円の「ひろみせんべい」から、ダイヤ煌めく高価なアクセサリーやカシミヤストールまで飛ぶように売れている。
たぶん子育ても卒業し、やっと自分のためにお金を使えるようになった彼女たちが思う存分に散財している様子はなんだか気持ちいい。
そして年に1度のファンクラブイベント。
ここでファンは順番にツーショットが撮影できる。
私は毎年この日のためにいろいろ努力をしてきた。
1ヶ月前から「ビューティ月間」と自ら決めて毎日パックをしたり痩せる努力をしたり。
新しいブラウスも新調し、ヘアとメイクはプロにお任せする。
今年も自分の気が済むまで最大限頑張って、その日に臨んだ。
だが。
やはり。
撃沈……。
撃沈なのである。
心臓は口から飛び出しそうに緊張し、顔はこわばり、ワケがわからないうちに撮影タイムは終わる。
お金をかけて準備しても、年々劣化してゆく私と依然としてきらめく王子のツーショットは、これでもかと現実を見せつける。
今度こそ皆に自慢できるような写真をと思うのに、満足いく写真であったためしがない。
だが今年からは、コロナも開けたということで肩を組んでもらえた。
私の右肩に憧れの君の手がそっと添えられる。ドキドキ。
すると、ふいに
「トントントン」と王子に肩をたたかれた。
「え⁉」
(ヨクキタネ? アリガト? マタネ? アトデ⁉)
あのトントントンは何だったのだろう。
きゃあ! 私にだけわかるサインか?
と確かめる暇もなく、すぐ次の方がスタンバイする。
撮影後すぐに渡された写真はやはり悲惨な結果だったが、あのトントントンが嬉しくて
私はにやけながら席に着いた。
するとあちらこちらで声が聞こえた。
「ねえ、トントントンってされた?」
「された、された。あれ何?」
「わかんない。でも嬉しい……」
なんだ。
みんなにトントントンしていたのか。
トキメキが落胆に変わるのは早かった。
それにしても1回のイベントで600人強。それを1日2回。
それを全国主要都市で複数回行っているのだ。
これは誰にでもできることではない。
他の方の写真を見せてもらうと、王子はどれも金太郎あめのようにキレイに同じ表情だ。
全部ご本人なのだから当たり前といえば当たり前だが、顔が疲れないだろうか。
内心めんどくせーなと思っていないだろうかと邪悪な私は考えてしまう。
それでもファンが喜ぶならと、このイベントはずっと続いているのである。
そしてこの収益は国内外へのチャリティー団体へと寄付される。
68歳にして延べ1万人の女性と肩を組みトントントンでときめかせ、その上ボランティア。
どれだけ徳を積んでいるのだ。ひろみは。
推しがアイドルでも俳優でもキャラクターでも、身近にいる誰かでもいい。
誰かや何かに向ける「スキ」が、世界を広げてくれたり、友を作ってくれることもある。
推しの国の言葉を学んでひとり旅に出る人もいる。
「推し」の力は偉大だ。
また「推せるうちに推せ」とは推すこちら側の問題でもある。
コンサート会場に行ける気力体力と、チケット代諸々を払えるほどの金銭的余裕、シフトの調整、気持ちよく送り出してくれるパートナーとの良好な関係。
すべてが揃って心から楽しめるのだ。
万全の準備をして、私は今年もあの多幸感を味わうだろう。
トキメキに包まれる心の準備はもうできている。
***
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