地底人からの脱却
*この記事は、「絶対麗度ライティング」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
記事:伊藤美那(絶対麗度ライティング)
夕闇が次第に色濃くなりゆく頃、地下鉄の階段を登り切り地上に出る。街を渡る風に髪を乱されながら、いつもの道へ歩を進める。ほんの短い距離なのに、足取りは自然と早くなりついには小走りになって店の扉を開ける。
あぁ、いた。
いつもの店のいつもの場所。約束しているのだからいるのが当たり前とわかっていても、毎回そう思い、安堵する。さっきまでの急ぎ足を隠すようにわざとゆっくり歩を進め、余裕のあるフリで席に着く。
あの人の横顔を見ながらグラスを口に運ぶ。一番幸せで一番苦しい時間が今日も始まる。
もう10年以上、この【良くない関係】を続けている。別に法律に反しているわけでも倫理に悖るわけでもない。それでも良くないと感じ続け、それでもやめることができずにいた。
その理由が、3月の総会ではっきりとわかった。そこで出た【かぐや姫現象】という言葉。絶対麗度に取り組むことで美意識も自己評価も上がり、男性が下に見えてしまう。必要以上に自分を低くすることはないけれど、少し目線を下ろして相手と対等になればいい。
笑いながら頷く参加者の中で、心の奥がチリチリと痛むのを感じていた。
そんなこと、考えたこともない。
あの人の前では、私はいつも劣った存在だ。この人には敵わない、常にそう思い続けていた。知識量も、持てる知識を結びつける知恵も、生活面においても。全てにおいて自分の足りなさ至らなさを常に突きつけられる。それが苦しい。苦しくてたまらない。でも、離れられない。
言いたいことを表に出せず、喉の奥が苦しくなる。または、本心とかけ離れた薄っぺらい言葉だけが上滑りして流れていく。どうして、どうして、ともがくほどに深みにはまり、あの人の目は冷ややかに光る。それでも、ごくたまに何かが噛み合い会話が盛り上がる瞬間が訪れる。この時の楽しさ幸せさといったら、他とは比べることができない。
一緒にいたくて、でもいると苦しくて、でも会えないと辛くて・・・の無限ループ。
上を目指すのが果てしなく感じて努力がイヤになってしまう。そんな時、絶対的に敵わないと思う人の傍にいれば楽になる、気がする。だって劣っているのが当たり前なんだから。今更努力したところでどうしようもないんだから。
そう思いつつ、やっぱり敵わないのが苦しくて、ますます自己肯定感が低くなる。精神的な自家中毒。
そしてあの人は、私のこんな甘えも狡さも見抜いた上で、冷ややかに笑う。『はいはい、いつもの自己嫌悪ね。どうしてもっと自分を評価できないの?』何度も繰り返される言葉が、胸を抉っていく。
『なんでそんなに自己評価が低いの?』
『ちゃんとやれてるでしょ』
『そうやって、自分が弱いフリして逃げてて楽になる?』
月を見つめるかぐや姫とは程遠い、地底から地上を見上げるような惨めな感覚。
けれど。そんな私でも、秘めフォト撮影後に会った時だけはいつもよりスムーズに会話ができる気がする。自分なんて、と卑下することもあまりない。心に近い場所から言葉が出てくる感覚。そして、あの人もいつもより心なしか楽しそうに、見える。それでいいんだよ、と口に出さなくても言われているように思えて嬉しくなる。
撮影で柔らかくオープンになった心、一緒に参加した皆様からの声で持ち直した自己肯定感。それらが私を支えてくれて、あの人との差を感じなくて済んでいる気がする。
あの人と、真っすぐ視線を合わせて自由闊達に意見を交わすその幸せな時間。
けれど、撮影から日が経つとまた、自信を失い卑屈になってしまう自分。以前に比べれば、自信の持続期間は長くなってきたと思うけれど、それでもやっぱり地底人に逆戻り。
私が手に入れたい絶対麗度とはつまり、あの人と同じ高さの目線。憧れて見上げるのでも、卑屈に下を見るのでもない。あの人の姿を常に目で追うのではなく、対等な関係として共に前を向いて歩くこと。
今月もまた、カメラの前で束の間の自己肯定感を獲得する。全てのしがらみや思い込みを脱ぎ捨てた先に、本当の自信が生まれることを願って。
ゆっくりゆっくり、地上に出ていこう。
***
この記事は、天狼院書店の「絶対麗度ライティング」にご参加の方が書いたものです。
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