メディアグランプリ

口角と心をキューーーッと上げる想像力の魔法


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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:かたせひとみ(ライティング・ゼミ6月コース)

 
 

「どうしよう……」
窓際のソファに座る、大切なあの子たちが、雨風にさらされているかもしれない。窓ガラスを激しく叩きつける雨の音が、まるで私の心の動揺をあざ笑うかのように響く。外は暴風雨で荒れ狂っている。
こんなことになるなんて! 私は焦りと後悔でいっぱいだった。何とか無事でいてほしい……。
 

歯医者の診察台に横たわって口を大きく開けながら、心は外の嵐と共鳴するかのように大きく乱れていた。強い風と雷雨の音が、私の動揺を煽る。今すぐこの診察台から飛び降りて、家に帰りたい。
 

家を出るときは、雲ひとつない晴天だった。こんなに晴れているのだから、雨の心配はいらないだろう。そう思った私は、窓を開けたまま、玄関の鍵だけかけて出てきた。
ところが、天候が急変し、突然、雷鳴と暴風雨が襲い始めた。あの子たちは大丈夫だろうか。
 

「あの子たち」というのは、私が大切にしている人形のことだ。Bで始まる世界一有名なアメリカ生まれの着せ替え人形だ。彼女たちの美しい外見と華やかなファッションにときめいた少女も多いことだろう。
 

アラカンに片足を突っ込んでいる私が、この人形たちの前では少女に戻ってしまう。彼女たちを目にすると、一瞬で無邪気な頃の自分に還り、甘く幸せな気持ちが胸いっぱいに広がるのだ。その可愛らしさに顔はほころび、私の口角は猛烈な勢いでキューーーッと上がるのだった。
 

そんな我が家の愛しい姫たちの指定席は、窓際のソファだ。
いつも二人並んで、ちょこんと座っている。
 

今日もそこに座っていた。しかし、この暴風雨だ。開け放した窓から雨風が吹き込んでないだろうか。びしょ濡れになっているのではないかと、心配になる。
 

だが、今は歯の治療の真っ最中。中断して家に戻ることは出来ない。
私は、A子とB美の二体の人形(姫たち)が、今頃どうしているかと想像する。
 

A子「ねぇ、なんか急に暗くなってきたわよ」
B美「ホントね、どうしたのかしら」
 

ピカッ! ゴロゴロゴロゴロー! 
 

A子、B美「キャーーーーーーーーーッ!」
A子「大変! 雷が落ちないようにおへそ隠しましょ!」
B美「え? 私たちっておへそあるの?」
 

なんて言って、慌てふためいているだろうか……。治療を終え、歯医者を後にした私は、雨の中を猛ダッシュで帰った。急いで自宅の玄関ドアを開ける。靴を脱ぐのももどかしい。
 

二人が座っているソファまで走っていくと、二人とも髪がボサボサに乱れている! 
あーーーっ! 濡れてしまったか……と、恐る恐る身体を触ってみると濡れていない! 
強風で髪が乱れただけだった。幸い、雨は部屋の中まで吹き込まなかったらしく、大事には至らなかった。良かった! 
 

A子「『良かった』じゃねーし! 窓を開けっぱなしで出かけるなんて注意が足りない!」
B美「ホントホント、危機管理が甘いわよ!」
A子「私たちが梱包されていた箱に、お客様相談室の番号が書いてあったわよね。そこに通報しましょ!」
B美「そうね、それがいいわ。行こ、行こ」
プイッ! 
 

ま、待って! あーあ、 不貞腐れて行っちゃった……。
それに、お客様相談室って、お客は私だよ……。でも、二人が無事だとわかって、心からホッとする。
 

いい年して、自分でも何をしているのかと思う。勝手に人形の世界にストーリーを作り、想像を膨らませ、焦り、安堵しているなんて。想像の中の出来事に、一喜一憂している姿はどこか滑稽でさえある。
 

「現実を見ろ」という言葉をよく聞く。確かに、現実を見るのは大事だと思う。しかし、それだけでは味気なくはないだろうか。この出来事だって、現実だけを見たら、「ソファに置いてあった人形が雨に濡れそうになった」という話でしかない。そこに想像力を加えることで、ありふれた現実が彩り豊かなものになり、心に楽しさやゆとりが生まれる。
 

例えば、大きな木を見たときに、その木の長い歴史を想像すれば、ただの木が特別な存在に変わる。
レジで誰かに割り込まれたとき、その人の背景を思い描くことで心が軽くなる。「用事があって、急いでいるのかもしれない」と想像すれば、受け止め方も変わってくる。
 

赤毛の少女の成長物語『赤毛のアン』(L.M.モンゴメリー著)を翻訳した村岡花子氏は言った。「想像の翼を広げて」と。
彼女は、現実の枠を超えて、想像を広げることの楽しさを伝えたかったのだろう。直視したくない現実に向き合わなければならないときも、想像力があなたの心を軽くしてくれるよ、と教えたかったのかもしれない。
 

人形を見ながら、想像の翼を広げてみる。
ばあさんになっても、この人形にときめいているだろうか。「かーわいいー!」と口角を上げているだろうか。恐らくやっているだろうな。
 

いつか、仲良しのばあさんと二人で人形遊びをしていたりして。
雨が降り出したときには、歯医者で想像した会話を再現してみようか。
ばあさんA「ねぇ、なんか急に暗くなってきたわよ」
ばあさんB「ホントね、どうしたのかしら」
ばあさんA「雷が落ちないようにおへそ隠しましょ!」
ばあさんB「肉と皺に埋もれて、とっくに隠れてるよ」
なんてね。
 

そんなことを想像していると、私の口角と心は、キューーーッと上がるのだった。

 
 
 
 
***

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2024-08-08 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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