『エルマーの冒険展』に学ぶ予習のチカラ
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記事:パナ子(ライティング実践教室)
好きな絵本を聞かれ、幼稚園のママさんにドヤ顔で答えたところ思いがけない答えが返ってきて度肝を抜かれた。
「いいですよね、三部作とも全部面白くて」
えーっ! あれって三部作なん? 知らん知らん。我が家には一話完結と思ってた一冊しかないぞ?
自身も読書好きというママさんは本についての守備範囲が広く、水たまりよりも浅い知識で私が披露した作品についても色々と教えてくれた。それが『エルマーの冒険』だった。
エルマーの冒険は約70年前にアメリカで誕生し、児童文学の最高峰ニューベリー賞を受賞した。その後日本でも出版され、人形劇やアニメなどさまざまなコンテンツでファンを増やし続けてきた人気の作品だ。
(そういえばエルマーが子供の竜を助けに行く物語なのに、助けた途端に終わっちゃうなとは思ってたんだよなぁ……)
ドヤ顔で紹介しておきながら物語の結末を知らず、顔面を一瞬恥ずかしさが滑っていったが、ママさんとの会話が、我が家に大充実の夏を連れてきてくれた。
というのも「エルマーの冒険展」がもうじき我が町でも開催されることになっていたからだ。当初は(知ってる話だし丁度いいな)と半ば暇つぶしのような感覚だった。しかし、この物語が三部作と知ってしまった以上、物語の全貌を解き明かしてから展示会の会場に足を運びたいと思うようになった。
早速二部三部を図書館で借りる。物語を今一度頭にしっかり入れるために、既に読み終わっていた一部から読み直していった。
9歳の男の子エルマーは囚われてしまった竜の子供を助けるべく、遠く離れた島へひとり冒険の旅に出る。冒頭、引き込まれるのはなんといっても冒険の準備に取り掛かる所だろう。エルマーは父親の大きいリュックを拝借し、その中にアドバイザー役の猫に教わった通りの道具を仕込んでいく。チューインガムや棒つきキャンデーや歯ブラシと歯磨き粉……などなど、襲ってくるかもしれない動物たち相手にこれをどうやって使うのかという一種の謎を残したままエルマーは親の目を盗んで出発する。
この不思議道具の使用は、見事なまでの伏線回収を演出し、獰猛な動物たち相手に力ずくで押し切るのではないエルマーの賢さを存分に発揮する運びとなった。エルマーは決して声を荒げることなく、かといって怯むことはせず、明晰な頭脳と手持ちの道具でスマートに難しい局面を乗り切っていくのだ。その勇敢な姿は大人から見ても惚れ惚れするほどにかっこいい。もし、こんな会社員がいたらサラリーマンの星として崇められそうだ。
物語を読了する頃には、夏休みが始まっていた。そしていよいよ冒険展当日、兄弟たちは何か忙しそうにバタバタと動きまわっている。二人はエルマーの道具に似た物を家中から探しだし、各自のリュックに詰めていたのだ。歯ブラシなどに加え、輪ゴムやくしやブラシなど本来の場所から動かしてほしくない物も彼らはお構いなしにどんどん詰めた。
「俺たちも、冒険の準備をしてる!」
そう言い放つ長男8才は、キラキラと輝きに満ち溢れた目をしていた。
そうか、と思う。
事前に物語を読み込んだおかげで、彼ら自身がエルマーになったと言っても過言ではなかった。到着した美術館で首を長くして私たちを待っていてくれたのは、エルマーに助けられた子供の竜(といっても大きい)のオブジェだった。
「あーーーーーーーっ!! ボリスだーーーーーー!!!!!」
兄弟は竜の子供の名前を叫ぶと一目散に駆けて行った。大人の私でさえ、ついに会えたと思った。体は大きいが優しい目をしたボリスは、冒険の途中、エルマーを包み込んだように私たちのことも包み込んでくれたようだった。
会場内では、エルマーが動物たちに出逢ったジャングルが再現されていた。元々、本の挿絵も全てモノクロだという事もあり、パネルは造りこそシンプルだが、等身大の大きさの動物たちは十分に胸が高鳴る代物だった。
モノクロのジャングルを抜けると、エルマーがワニたちを数珠つなぎにして渡った川が登場。
「落ちたら終わりだぁ~!!」
ワニの背中を元気よくぴょんぴょんと踏んづけながら兄弟も無事向こう岸に渡った。
展示会の終盤、エルマーが駅員さんに「こんな夜に、ひとりで乗るには小さすぎる」と怪しまれながらも乗車した汽車の線路があった。映像の線路が展示場の床の上でスピードを上げる。その上に立った8才は興奮していた。
「ねえ見て! 俺! 移動してる!!」
そんなわけあるかいっ! と思いつつ彼らの世界観をぶち壊したくない私は言う。
「確かに! 移動してるかも……しれない!!」
出口はこちら、という看板が見えたところで舌足らずの5才がハッキリと言った。
「おかーつぁん! もういっかい さいそから みる!!」
他の小さな来場者たちが一回のコースで満足し、出口に吸い込まれていくなか我々だけまさかの第二回エルマーの冒険展! が始まった。
とにかく良い集中力だった。
物語のどの部分も見落としたくないという気迫がみなぎっていた。
彼らの様子を見ていると事前の予習ってすごい力を発揮するんだということがわかる。展示会の情報を余すことなく隅々まで吸収する彼らはまるでスポンジみたいだ。
血液が全身をめぐるように、兄弟の頭からつま先までを冒険心がめぐっていた。心がファンタジーと現実で出来ている母は三人合わせて2,100円の入場料、完全に元は取れたとほくそ笑んだ。
勉強に対しても「授業内容の理解がすすむ」などメリットがあるとされている『予習』。遊びの場面でも興味の対象を事前に深掘りしておくことで、得られる満足感が桁違いだということを私はエルマーの冒険展に教わった。
「好きなもの、買っていいよ!」
元は取れたおかげでホクホクのお母さんは、つい展示会出口の売店で財布が緩むのであった。次に出逢う世界もぜひ『予習』してから臨みたいものだ。
***
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