橋本環奈ちゃんと、すみっコぐらし
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記事:関谷陽子(ライティングゼミ9月コース)
「ハシカンって、1000年に1度の美少女って言われるやんか」
2年ほど前だろうか。スマホを見ていた次男が突然、私に話しかけてきた。当時、中学1年生。言わずと知れた、思春期真っ盛り。思春期真っ盛りだが、小学2年生から不登校であるせいか、なんだかちょっと幼いような気がしている。反抗期のような時期もあったがすぐに通り過ぎ、母である私ともよく話をする。
そんな次男がいつものように話しかけてきたけれど、はて困った。ハシカンって誰だろう?
私は普段からテレビ自体をあまり見ない。ドラマもコメディくらいしか見ない。どちらかと言えば、ドラマよりアニメや漫画が好きな、オタクおばさんである。だから、最初に「ハシカン」と言われても、それが橋本環奈ちゃんのことだとは全く分からず、きょとんとしてしまった。それが橋本環奈ちゃんであると分かったのは、次男がスマホで見ていたのが、彼女の何かのニュース記事だったからだ。
さすがに橋本環奈ちゃんのことくらいは知っている。そういえば、以前に次男と一緒に見たコメディドラマに、環奈ちゃんが出ていた気がする。可愛いのに演技も結構上手で、ビジュアルだけじゃなくて実力もあるんだなあ、と思った記憶がある。
そういえば、「1000年に1度の美少女」というフレーズは、聞いたことがあった。あれは、橋本環奈ちゃんのことを指していたのか。
私の頭の中が、一瞬でそんなことを目まぐるしく考えたなんて当然次男は知らず、こう続けた。
「この写真見たらさ、確かになあって納得するよな」
同意を求めるような次男の口調に、少し困った。けれど、少し次男に申し訳ない気持ちを持ちながらも、正直に私は答えた。
「うーん。お母さん、ぶっちゃけそこまでとは思わないんよね。好みの問題やと思うけど」
私は「可愛い」よりも、「美人」の方が好き。お目目がくっきりぱっちりで、まるっこい顔の橋本環奈ちゃんは、間違いなく「可愛い系」だろう。だが私は、北川景子さんや中谷美紀さんのような、「クールな美人系」の方が好みなのだ。
だから、軽い気持ちでさらっとそう答えたのが間違いだった。
「えっ?!」驚いたように次男が目を見開いたあと、ものすごい勢いで画像を検索し、次々と私に橋本環奈ちゃんの写真を見せ始めたのだ。
「ほら、これ。すっごく評判になった写真」「これも、アングル完璧って言われてる写真」どんどん見せられるけれど、人の好みがそんな一瞬で変わるわけではない。だから、「うん、可愛いと思うよ。でもほら、好みの問題だからさ」と、本音でスッパリとぶった斬ってしまう私。
それで納得するだろうと思ったのに。何故か全く諦めない次男は、「うーーーん。じゃあ、あの写真がいいやろな、あれ」と言いながら、必死で写真の検索が続く。ここでやっと、私は気がついた。
あれっ、この子、もしかして橋本環奈ちゃんのファンなのかな?
我ながらニブイと思う。でも、末っ子でずっと可愛い存在だった次男が、女優さんのファンになるなんて、思っていなかったのだ。つい先日まで、すみっコぐらしの「とかげ」が一番好きだと言って、一緒にコンビニへ一番くじを引きに通ったのに。今でも、私が買ってきたすみっコぐらしのパジャマを、嬉しそうに着ているのに。
でも、大人なら「好みが違う」で納得できても、そうではなさそうな様子に、子供っぽさを感じて心の中で笑ってしまった。
そんなことを考えている間に、目的の写真が見つかったらしい。「ほら、これ!! これが、1000年に1人の美少女って言われるきっかけになった写真!!」そう言って見せてきたスマホ画面には、それまでに見たものと比べて、私の目にはそこまで変わったとは思えない、それでもやっぱり可愛い環奈ちゃんの写真があった。
「そうやね、確かにめちゃくちゃ可愛いと思うわ」
お母さんの好みではないけどね、という言葉を飲みこんでそう答えたら、やっと次男は納得したらしい。「せやろ。すごいやろ」と言って、会話は終わった。
あれから2年の月日が流れた。最近の朝、何気なくテレビを見ていた私は、次回の朝ドラヒロインが、橋本環奈ちゃんであることを知った。橋本環奈ちゃんといえば、私の中では「1000年に1人の美少女」と言うよりも、「次男が好きな女優さん」という認識になっている。
「次の朝ドラのヒロイン、橋本環奈ちゃんらしいよ」と、次男に情報を伝えておいた。まだ好きなのかなあ、と思ったが、「へえ、そうなんや」と言った次男は、私には分かる、少し嬉しそうな表情をしていた。きっと今もファンなんだろう。
ドラマをあまり見ない私は、朝ドラも見ない。でも、もしかしたら次男と共通の話題が増えるかもしれないから、今度の朝ドラは見てみようかな。相変わらず不登校で、朝起きるのも遅い次男だけど、もしかしたら環奈ちゃんのおかげで、今期の朝ドラの時間は一緒にテレビを見に、起きてくるかもしれない。
朝8時。近所の中学生は登校している時間だけれど、母と一緒に推しの出ている朝ドラを見る中学生のいる家庭が、1つくらいあってもいいだろう。
***
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