高3男子、壁打ち相手の条件。
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記事:由紀 みなと(ライティング・ゼミ7月コース)
高3の息子が今、私に求めているのは「母親」でも「カウンセラー」でも「コーチ」でもなく、「壁打ち相手」だった。
カウンセリングは「心の傷を癒す」もので、
コーチングは「目標へ導く」ための対話。
そのどちらでもない「壁打ち」は、
雑談と相談の中間にある「頭の中を整理するための会話」といえるだろう。
そのことに気づくまでに、私たちは思いのほか遠回りをしてきた。
「どうなんだろう?」
そんなふうに息子は唐突に声をかけてくる。ひょこっと顔を出しては、何かを言い残し、また自分の世界に戻っていく。
高3年男子、思春期真っただ中なのに、最近はやたらと話しかけてくる。
いや、話しかけてくるというより、独り言に近い。
「○○さん(先生のこと)は、こう言うんだけどさぁ」
「ぼくは違う気がするんだよね」
「これって意味あるのかな?」
言葉を投げかけてくるのに、こちらの返事は待っていない。
私が「そうなの」と口を開こうとすると、「まあいいや」と小さく言って、シャッターを下ろし、風のように去っていく。
まるで玄関前に荷物を配達する「置き配」みたいだ。母としては「ちょっと受け取りのサインくらいさせてよ」と言いたくなる。
それでも私は気づいた。息子は、誰かに聞いてほしいわけではなく、ただ声に出して壁にぶつけてみること自体が必要なのだ。
そんな息子の姿に、高校一年生のとき、私が家を出たあとのことを思い出す。
息子はすぐにスクールカウンセラーに相談の予約を入れた。それも、自分の意思で。
しかし、初回で「もう行かない」と言った。
その理由を尋ねたときの答えは、私の胸に深く残っている。
「“かわいそう”って何回も言われた。別にかわいそうって言ってほしかったわけじゃないのに」
息子が求めていたのは同情でも慰めでもなかった。欲しかったのは「これからどうする?」という問いかけだったのだと思う。
言葉をかけられて涙を流すことよりも、現実に向かっていく手がかりがほしかったのだろう。
そのときの私は、その違いを理解するにはまだ未熟で、ただ胸の奥に重い石を抱えたような気持ちになった。
さらに思い出す。
私がコーチングを勉強し始めたのは、息子が中学一年生の頃、世の中がコロナ禍で揺れていた時期だった。
学校はオンライン授業のみで、息子も家にこもる時間が長くなっていた。
私は仕事の必要からコーチングを勉強しようと決め、セッションの相手を息子にお願いした。
最初は気乗りしない息子だったが、回を重ねるうちに真剣に応じてくれるようになった。
そして、うっかり私が「母」の顔で言葉を返してしまうと、「それ、コーチングじゃないよ」と冷静に突っ込んでくるようになった。
添削先生のつもりでいたのに、気づけば息子に赤ペンを入れられているような格好である。
それでも私はうれしかった。親としてではなく、一人の人間として向き合えている気がしたからだ。
けれど、それもまた息子の本心とはズレていた。
未来を見据える問いかけよりも、今目の前にある小さな課題を整理したかったのだろう。
「三か月後、どうなっていたい?」という問いは、息子には遠すぎる未来だった。
だからコーチングは確かに役には立ったが、息子が求めているものの核心には届いていなかった。
いま息子と私には小さな朝の習慣がある。
毎朝、駅まで並んで歩く。たった5分間。
その短い時間のなかで、息子は突然話し始める。
先生に言われたこと、友人とのやり取り、進路の悩み。
私はただうなずき、「それで?」と続きを促す。
アドバイスはしないし、自分の経験談を持ち出すこともない。
すると不思議なことに、息子は自分で答えを見つけていく。
駅に着くころには「あ、そうか」と小さくつぶやき、どこか安心した顔になっている。
私は、そのやり取りが「壁打ち」に似ていると気づいた。
息子が言葉を投げ、私に当たり、また彼の中に戻っていく。
私は完璧に返そうとしない。
ただ受け止めて跳ね返すだけ。角度が多少ずれても構わない。
大切なのは、彼が言葉を投げ続けられることなのだ。
「壁打ち」というと、ChatGPTのようなAIとの対話を思い浮かべる人が多いだろう。
実際、私自身は毎日のようにAIに質問や相談を投げかけては、跳ね返ってくる言葉で思考を整理している。
これは大人にとっては非常に心強いツールだ。
けれど息子の場合は違った。
高3男子は「生身の人間の壁打ち相手」がいいらしい。
微妙な表情や間合い、言葉にしない気配を感じ取れることが、思春期の息子には欠かせないのだろう。
つまり、壁打ちに必要なのは“正確さ”ではなく、“人の気配”なのかもしれない。
私は気をつけていることがある。
・頭ごなしに否定しない。
・自分の体験を押しつけない。
・ダメ出しをしない。
「そんなことしちゃダメ」「お母さんの言う通りにしなさい」「それは間違っている」
昔の私はよく口にしていた。
でも今は言わない。
だからなのか、今の私たちは心地よい距離感を保ったまま言葉を交わせている。
今の私は、息子にとって「完璧じゃない壁」。否定もせず、正解も差し出さず、ただ彼が言葉を投げ続けられるように隣に立っている。
もちろん、これから先、息子はもっと手強い壁にぶつかるはずだ。
厳しく指摘する人、冷たく突き放す人、共感してくれない人。
そういう壁の存在を避けて通ることはできないだろう。
けれど私は思う。まず最初の壁は、少し頼りない私でいいのだと。
ある日、息子にこう言った。
「いろんな人と壁打ちしてみたら?」
息子は少し考え、「まぁでも、今のところお母さんがいいかな」と答えた。
駅までの五分間。
会話のオチはなく、ラリーが続いているだけの時間。
ただ並んで歩くだけなのに、なぜか心が軽くなる時間だ。
壁打ち相手に必要なのは、知識でもアドバイス力でもない。
ただ、そこにいて、言葉を受け止め、跳ね返す存在でいることだ。
気づいたことをひとつだけ。
「高3男子、壁打ち相手の条件は余白と体温」
≪終わり≫
***
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