1人だけで育児をしてみたら、目の前に広がる景色がいつもとは違って見えた
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記事:上田光俊(ライティング・ゼミ日曜コース)
「ちょっと家空けてもいいかな?」
結婚9年目にして初めてのことだった。こんなことは今までに一度もなかった。妻が家を空けたいという。それは、この家で僕と子供たちの4人だけになるということを意味していた。つまり、子供たちの面倒は僕が見なければならないということになる。勿論、今まで妻だけに育児をまかせて、僕は何もしてこなかったということは決してない。むしろ、育児には積極的に関わってきた方だと思う。仕事で遅くなったり、出張で数日間家を空けることも多かったが、子供たちは可愛かったし、思いの外彼等の面倒を見るのは楽しかった。とはいえ、僕と子供たちだけで、妻が家にいないという状態は今までに一度も経験したことがなかったのだ。
「3人とも予定が合う日が、その日の夜しかなくて……」
以前にも何度か、妻は学生時代の友人たちと久しぶりに食事でもしようと連絡を取り合っていたようだったが、その度に誰か1人の予定だけが合わずに断念していた。お互いに結婚して子供がいる身ともなると、どうしても子供の予定や旦那さんの仕事の都合を優先せざるを得なくなり、3人とも予定が合うという日がなかなか見つけられなかったのだ。
「だから、その日は子供たちのことをお願いしたいんだけど」
「ああ、勿論いいよ。久しぶりなんだし、子供たちのことは心配しなくていいから。楽しんできて」
僕は当然のように、妻の外出をOKした。妻は今まで結婚してから子供ができるまでの間もそうだったし、子供ができてからは尚更のこと、家のことを何よりも優先してくれていて、1人で外出するなんてことはほとんどしてこなかった。だから、たまには子供たちのことは忘れて、学生時代の友人たちと昔のように楽しんできたらいいのにと僕は前々から思っていた。その間の子供の面倒は僕が見ればいいのだし、妻が心配するようなことは何もないとも思っていた。
そして、当日。
妻は「大丈夫?」と言いながら心配そうに出掛けて行った。
大丈夫に決まっている。僕だって3人の子供の父親だ。何もこれが初めての育児ではない。ご飯を食べさせたり、お風呂に入れたり、寝かしつけたり、オムツを替えたり、今までちゃんとやってきていたのだから、何の問題もない。全ては滞りなく進んでいって、涼しげな顔で「おかえり」と妻の帰りを迎えることができる。僕はそうなることに何の疑いも持っていなかった。持っていなかったのだが。
「こらー! お茶がこぼれ過ぎてる!」
「なんで後頭部にご飯粒が付いてるの!」
「パンツ穿いたまま、うんちしない! する時はトイレでするの!」
「お風呂は体を洗うところなの。おしっこするところじゃないの」
「走り回らない! お布団は寝るところなの! 幼稚園の園庭じゃないの!」
僕に一瞬たりとも涼しげな顔をしている暇はなかった。まさに戦場だった。子供たち3人を相手に父親1人では勝ち目はない。こんなはずではなかった。ご飯を食べさせて、お風呂に入れて、オムツを替えて、いつも通りに寝かしつければそれで終わりのはずだったのに。全然寝ない。寝る気配がない。彼等はまるで眠るということを知らない都会の喧騒のようだった。
やっとのことで、子供たちが寝たのが21時過ぎ。妻が出掛けて行ったのが夕方の16時頃だったので、妻がいない状態で僕と子供たちだけで過ごした時間は、たったの5時間程度だった。しかし、僕はへとへとになっていた。疲れ切っていた。今まで微力ながらも育児に関わってきていたという自負があったのだが、そんな思いは木っ端みじんに砕かれた。育児がこれほどまでに大変で体力を消耗するものだとは思ってもみなかった。
僕はその時、妻は本当に凄いと思った。いや、妻だけではない。子供を抱えた世の女性たち全員に尊敬の念を抱いた。これは単純に男女の役割の話しであって、どちらが大変かという話しをしたいわけではないのだが、はっきり言って、僕は自分がしている仕事よりも妻の育児の方が、断然精神的にも体力的にも大変で負担が大きいものだと実感した。経験してみてわかったのだが、僕は妻がいつもしてくれている育児というものを、毎日続けられる自信は持てそうにない。しかし妻は、僕が仕事に行っている間は勿論のこと、毎日休むことなく365日育児というものを当たり前のように続けていてくれるのである。
今はイクメンやカジメンと呼ばれる男性たちが増えてきているので、以前のように専業主婦を軽視するような男性は少なくなってきたとは思うが、一度でもいいから経験してみたらいいと思う。1人で育児をするということが、どれほど大変か。どれほど体力を消耗するものなのか。どれほど思い通りにいかないものなのか。そして、どれほど自分が子供たちの存在に助けられてきたのか。どれほど子供たちの笑顔に支えられてきたのか。子供たちがいてくれることで、自分がどれほど心豊かな人生を歩めているのか。いつも隣りにいてくれるパートナーがどれほど自分のことをサポートしてくれていたのか。経験してみて初めてわかることや見えてくる世界というものがあると思うのだ。
僕はたった5時間とはいえ、1人で育児をしてみて、その大変さを身に染みて感じたのだが、大丈夫に決まっていると高をくくっていた僕の認識は完全に甘かったと言わざるを得ない。出掛ける際に、妻が僕に「大丈夫?」と心配して聞いてきたのは間違いではなかったのだ。次回からは、おそらく僕はこう答えることになるだろう。
「全然大丈夫じゃないです」と。
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