メディアグランプリ

駅弁とお守り


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:木村なほこ(ライティング・ゼミ平日コース)
 
「えっ! しょうゆが入ってない……」
がーーーーん。
 
すごく美味しそうな、にぎりずしのお弁当を買って、新幹線に乗り込み、さあ食べようとふたを開けたときに、しょうゆがないことに気が付いたら、どうしますか? 
 
 
お弁当選びは楽しい。特に電車の中で食べるお弁当。
誰かと一緒なら、わいわい選べるけど、ひとりであっても、楽しいものは楽しい。
東京駅から新幹線に乗る時は、特に楽しい。地下街にたくさんお店があって、たくさんお弁当が並んでいるのだ。
何を食べようか、ひとしきり悩んだあと、とびきり美味しそうなにぎりずしのお弁当を見つけた。別にその場で握っているわけではないのだが、なぜかすし職人風の衣装のおじさんの売り込みの言葉につられて、それに決定する。
新幹線に乗り込み、席について、お弁当を楽しみにしながらも、動き出すのを待つ。
だって、動いてない時に食べるなんて、相当お腹がすいてがっついてるみたいだし、そもそも電車の中で食べる意味がない気すらする。
それでそわそわしつつも、しばし待つ。
 
やがて新幹線は滑らかに動き出し、少ししてからおもむろに、お弁当を取り出す。
そっとふたを開ける。
目の前には、すごくおいしそうなトロやひらめ、つやつやしたいくらが光っている。
 
それなのに、しょうゆがない。
 
まさかこう見えてすでに味が付いているとか? 
いやまさか、どう見てもそのようにはみえない。
箱の底に張り付いてたりする? 
そっと箱の裏を見てみる。
ない。
もういちど、お弁当が入っていたビニールの袋を広げて確認してみる。
ない。
やっぱり入ってない。
なんだ、あのおじさん、入れ忘れちゃったのか? 
 
思わず腕組みをして、じっとにぎりずしをにらむ。
となりの席のおじさんが、ふと新聞から顔をあげて、不思議そうにこちらを見た。
ちょっと恥ずかしかったけど、今はそれどころではない。
このすしを、どうしてくれよう。
しょうゆがなくて、味が付いてなくて、美味しく食べられるものだろうか。
いやいや。
うーーーーーーん。どうしよう。
あのおじさん、ひどいな。
あんなプロっぽい恰好しているのに、こんな初歩的なミスをするなんて! 
 
そんな悩ましい時間を送っているとき、タイミングよく友人から携帯電話にメッセージが来る。
たわいもない内容だった。
私はちょうど良かったとばかりに、ひとりですしを前にしているこの現状を、この怒りと悲しみを共感してほしいと、高速でメッセージを打つ。
しょうゆ、しょうゆが!! 
若干興奮気味の私に対し、友人はさりげない様子で返信してきた。
「あれ、岩塩持ち歩いてなかったっけ?」
 
は!!!!! 
持ってる!! 
ナイス! ナイスアイデア!! 
岩塩ですしを食べる! 
なんてしゃれてるじゃないか!!! 
ありがとーーー(はあと)
と更に、違う意味で興奮したメッセージを返し、にやにやと岩塩を取り出した。
 
あー良かった。
岩塩よ、ありがとう。
持ち歩いていてよかった。
こうして美味しくおすしを頂くことが出来ましたとさ。
食べ始めた私を、となりの席のおじさんが、今度はうらやましそうにちらっと見たことも、ここはお伝えしておきたい。
 
 
さて、なぜ私が岩塩を持ち歩いていたかというと。
たいした理由ではない。
以前、たまたま塩の専門店で、岩塩が1回分ずつ小分けにされて販売されているのを見つけて、特に岩塩に興味があったわけでもないのに、その小分けになっている、うすいピンク色をした塩を私は購入した。
 
実は塩にはこだわりがあって、塩といえば、「海の精」でしょ、と家では海の塩を愛用している。
この伊豆大島で作られている塩は、手間がかかる天日・平釜という、海のミネラルが豊富に残る製法で作られている、美味しい塩なのだ。
 
でも、岩塩は良く知らない。
ただうすいピンクで、なんだかかわいく見えたのだ。
小分けになっているということは、持ち歩き用、お弁当用、ってことだろう。
特に用はないが、せっかくだからと何となくカード入れに一袋挟み込んだのだ。
まるでお守り。
ただそれだけだ。
 
しかし、こんなことがあったんじゃ、ますますお守りとしてのニーズは高い。
やるな、岩塩。
 
 
聞いたところによると、とある地方では本当に塩をお守りとして身に付ける風習があるらしい。
関東でだって、盛り塩をしたり、お浄めには塩は欠かせない。
 
私のお守りは、お浄めにはなっていないが。
そもそもお浄めの塩は食べるものじゃない。邪悪な何かから身を守るためのものだ。
それでも私の塩は、お守りとしての役割を立派に果たしていた。
 
これからもこの岩塩は持ち歩く。
小分けになったものがまだたくさんあるからだ。
そしてなにより、こんな緊急事態に、また遭遇しないとは限らないからだ。
この話を読んでいただいた後であれば、緊急事態とは大げさな、と思わないでいただきたい。
あなたにもそんな悲劇が起こらないとは限りませんよ。
 
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2017-12-07 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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