耳をすますと、見えてくる世界
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記事:Mei(ライティング・ゼミ日曜コース)
昔から、人の話を聞くことが苦手だった。人が話している途中で、つい、口をはさんでしまっていた。最後までよく聞かずに、相手が何を言いたいのかも考えずに、自分を中心に話を聞く。恥ずかしながら、これが私の姿だった。だから「ちゃんと、人の話を聞いて」と何度も何度も言われてきた。
これまでの私は、友だちや家族なら「ふんふん。なるほど」「それ、おもしろいな」「つまんないな」と、自分の感情を優先したり、自分だったらということを考えたりして話を聞いていた。
相手が、目上の人や立場が上の人だった場合には、「この後、何て言ったらいいかな」「どう言えば、うまく答えられるだろう」なんてことばかり考えていた。
つまり、自分を中心に話を聞き、そこに、見えているのは自分だけだった。
でも、ある日、こんなことがあった。
80歳をとうに過ぎた祖母に会いにいったとき、祖母はひたすら話し続けた。祖母は今、施設で暮らしていて、認知症を患っている。祖母が話している内容に、おそらく意味はない。話の中に出てくる人物も、内容もあちらこちらに矛盾があって、一つひとつ正そうとするとおそらく何も残らない。だけど、じっと耳を傾けているとき、話し続ける祖母を見ていると一瞬、本当に一瞬なのだけれど、かすかに分かり合えるような瞬間があったのだ。多分、これまでは、そんなことを気にもとめなかったけれど、祖母が、昔の元気だったときの祖母に戻る瞬間を感じるのだ。体調なのか、祖母の気分なのか……。初めは、よく分からなかった。でも、よくよく考えてみると、これは、話を聞くという行為によって生じる奇跡なんじゃないかなと思う。何もさえぎることなく話を聞く、つまり、相手を受け止めたとき、その人自身が見えるような気がするのだ。
祖母のあの表情を思い出すとき、話をあまり聞かずに見過ごしてしまった数多くのものがあるのではないかと、感じるようになった。
私は、時間がないとき、つい「今は無理だから」とか「あとでね」とか言ってしまって相手を遮断してしまうことがある。でも、手を止めて耳を傾けてみれば、相手が伝えたかった大切なことやその人の思いが見えてくることがあるのだ。
話を聞くということほど、シンプルで難しいことはないような気がする。自分の話を最後まで何の邪魔もされずに、聞いてもらえたときの喜び。何とも言えない幸せで心が満たされる。では、どうしたら、そんな人になれるのか。相手を待てるのか。
辿り着いた一つの答えは、「よゆう」だった。
祖母のときもそうだった。あのときの私には、祖母の話を聞くという心のよゆうがあった。正しいとか正しくないとか判断しようとしないよゆうがあった。同じ話が繰り返されても受けとめるよゆうがあった。
よゆうが消えるとき、かわりに出てくるのが「あせり」だ。時間や、自分が背負う責任や振り返ってみれば大したことがないプライドによって、あせりが出てくる。人の話を聞くときに、そうしたものを一切捨てて目の前の相手だけに集中できたら、相手のことだけを受けとめられたら、なんて素敵なんだろう。
人の話にじっくり耳を傾けることは、空の景色を見ることに似ている。私たちの目の前に広がる空は、よく見ていると様々な表情をする。堂々とした入道雲。吸い込まれそうな真っ青な空。いつまでも眺めていたい夕焼け。少し寒気を感じるような夜の闇。
空は、毎日、その瞬間瞬間でいろいろな姿を見せてくれる。だけどそれは、見ようとしないと目に入ってこない。忙しくて、よゆうがないときには、今日がどんな空だったのか一度も知らないまま一日を終えることがある。見ようとすれば、見えてくるもの。見なければ、ずっと見えないもの。それが空。それが人の話。
確かに、私たちは、日々の生活の中で、時間に追われることがある。相手が話を聞いてほしいときにかぎって、自分が何か対応していたりよゆうがなかったりすることもある。だから、いつでも、どこでも話をじっくり聞くことはできない時もあるかもしれない。
でも、人が最後まで、じっくり自分の話を聞いてもらえたとき、何とも言えないすごくきらきらした表情になるのだ。私はこの表情が大好きだ。安心感。満足感。受けとめてもらえた、分かってもらえたという喜び。いろんな感情が混じり合って生まれる表情。
耳をかたむけなければ、きっと出会えなかったであろうこの瞬間に、ごくたまに出会う
とき「あぁ、なんて素敵なんだろう」と思う。そして前よりちょっぴり、その人との距離が縮まる気がするのだ。
もうすぐ、今日が終わる。今日、知ったあの人の思い。明日、分かるかもしれないあの人のこと。いつも、いつでもは、無理かもしれない。だけど、1分でも1秒でも、耳をかたむけてみると、見えてくる世界は、とてもあたたかで心地よい。
そんなことを思って見上げた夜空の星は、美しく、やさしく輝いていた。
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