ロンドンはイギリスじゃない
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記事:遠藤貴子(ライティング・ゼミ 平日コース)
イギリスは日本と同じ島国で、王室(日本は皇室)もあるので、イギリスに好意を持っている日本人は多いようだ。ロンドンに住んでいますと言うと、緑の多い公園や、優雅なアフタヌーンティーやサンデーロースト、自然なイングリッシュガーデン、趣あるパブやウィスキーが好きなんです、というお話を聞くことが多い。
確かにイギリスにはそういうものがあるし、実はわたし自身、大のイギリス好きでもあるので、住んでいながらもイギリスらしいものに常に憧れている。だからその気持ちは本当によくわかる。
しかし住んでみると、ロンドンはイギリスじゃないのだ。
いや、もちろんイギリスなのだが、ロンドンに住んでいてイギリスらしさを感じる機会は少ない。おそらく外国人が非常に多いからだろう。そしてそれがロンドンをさらに魅力的な街にしている。
もちろんロンドンは、観光するにはイギリスらしい場所に溢れている。伝統と歴史を反映する記念碑や教会、世界中から集められたコレクションのある博物館や美術館、バッキンガム宮殿の衛兵交代などなど、ほんの数日では見きれないほどなので、観光に来た人はロンドンでイギリスを満喫できるだろう。わたしもイギリス好きなので、遊びに来ていた頃や、住み始めてしばらくの間は毎日ワクワクしながら観光していた。
しかし生活が落ち着いて目が慣れてくると、どうも様子が違うと思うようになった。ロンドンではあまりイギリス人に出会わないのだ。観光地や繁華街に外国人の旅行者が多いのはもちろんだが、よく見ると街で働いているのも外国人が本当に多い。この人たちは自分の英語がおぼつかなくても自信満々に本国のやり方で強気に出るので、お行儀のいいイギリス式を期待しているとへこむことになり、こちらも少し覚悟が必要だ。
また、イギリス人であっても外国人に見える人も多い。肌や髪の色が明るいイメージ通りのイギリス人でなく、元英国植民地から移民して永住権や英国籍を持っているアフリカやインド出身の人たちだ。イギリスで生まれた人でも、民族ごとのコミュニティーで育つことが多いせいか、英語が訛っていたり、ジェスチャーが本国風にエキゾチックだったりしておもしろい。
街の中心を離れても、ロンドンに住んでいる外国人は本当に多い。今住んでいる集合住宅でもご近所さんのざっと半数以上が外国人だ。わが家の棟だけで見ても、ドイツ、スイス、オーストラリア、パキスタン、チュニジア、日本とさまざまで、合計12人住んでいるうち、英国籍の人は3人だけだ。
バスに乗ると住宅地でも英語以外の言葉が飛び交っていて、どこの国にいるかわからなくなるほどだ。そんな中で「これはフランス語?」「この親子は中国の人かな、韓国かな」などと思いを巡らせるのはよい頭の運動になり、楽しいクイズでもある。
外国人がたくさん住んでいれば、各国の食材を扱うお店やレストランがもちろんあって、カレー、中華、フレンチ、イタリアン、アフリカ料理、中東料理と様々な国から来た人が腕をふるう料理を味わうことができる。日本の和食もしばらく前からヘルシーだと大人気だし、ロンドンに引っ越してからわたしは中東料理が大好きになった。
外国人が多いと、文化や習慣の違いから不思議なことが起きるのもおもしろい。イギリスでは車は日本と同じ左側通行だが、ヨーロッパ大陸ではほとんどが右側。EUの拡大で大陸からの移住者が急増していた頃、車に乗っていたら、道の向こうから車が反対車線、つまりわたしと同じ車線をこっちに向かって爆走してきたことがあった! 右側通行に慣れている人が角を曲がった直後などによく勘違いしてしまうそうで、おもしろいながらも、これはちょっと気をつけなければならない例。
だが外国人が多いと楽しいことの方が多い。中でもわたしが一番気に入っているのは、いろいろな国人たちと知り合いになれることだ。
ロンドンで最初に住んだ家のお隣さんはリトアニアの人で、その時初めてリトアニアという国の存在を知った。社会情勢に疎いわたしの頭の中では、ソ連時代のまま時が止まっていたのだ。
本や映画でしか知らなかったユダヤ人という人たちに出会って、映画で観たとおり、彼らが家族の絆の強いあたたかい人たちだと知った。とても裕福な人でも、ほぼもれなく「お買い得」が大好きなのがかわいらしい。
ロンドンでは、イラン革命でイギリスに亡命してきた人たちにも出会った。イラン人というと、バブルの頃に東京の上野公園で偽テレフォンカードを売っていた印象しかなく、イランがもともとシルクロードの昔から日本と縁のあったペルシャだったことに初めて気づいて恥ずかしくなった。
こうしてわたしは、ロンドンにいながら、まるで他の国も同時に旅している気分になっている。今思うと日本にいた頃の私がぼんやり過ぎたのだが、今では少しは視野も広がり、大げさに言うと地球の一員になった気分で過ごしている。
ロンドンはイギリスであってイギリスではない。もっとずっと豊かな経験のできる刺激的な街なのだ。
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